「月と六ペンス」の主人公とカフカ

英国の作家ウィリアム・サマセット・モーム(1874年~1965年)の作品「月と六ペンス」(1919年発表)を読んで、その主人公チャールズ・ストリックランドは、「城」、「変身」などの作品で知られる作家フランツ・カフカ(1883年~1924年)の生き方に少し似ている世界がある、と感じた。小説の中の人物と実存した作家を比較することは不自然かもしれないが、両者とも芸術の世界、一方は絵画、他方は文学に、身も心も殉じたかのような壮絶な生き様を見せているからだ。

ウィリアム・サマセット・モーム、ウィキぺディアから

ストリックランドは平凡な株式仲介人の40歳の男だ。彼は突然、妻、子供たちを置いて絵を描くためにパリへ失踪、2度と家族のもとに戻らなかった。、動機はただ絵を描きたい、というだけだ。彼は「描かずにはいられないんだ(I’ve got to paint)」という言葉を繰り返す。彼は他人に評価されることや、完成した絵を所有したり、それを売ってお金を得たいといったことには全く考えない。彼の魂のなかに渦巻く「何か(美や強烈なイメージ)」を、キャンバスに吐き出したい、といった感じなのだ。彼は死ぬ前に、描き終えた作品には未練がなく、最高傑作である壁画を「燃やせ」と言い残す。

モームはフランスの画家ポール・ゴーギャンをモデルとして、絵を描く衝動に取り憑かれた男を描いたといわれている。小説のタイトル「月と六ペンス」の「月」は、「手が届かない崇高な理想の世界」を、「六ペンス」は「我々が生きている世俗的な生活や金銭の世界」を象徴している。主人公は「六ペンス」の世界には全く関心がなく、自身の中に住む絵を描く衝動を満足させることだけに没頭している。主人公の人間関係は非情だ。家族を捨て、愛する女性も絵を描くためだけ利用する。友人を裏切り、家族を捨てても一片の後悔の念もない。そして死の直前、描き終えた作品にも全く未練がないのだ。

一方、フランツ・カフカは生前、「自分は小説を書くために生きている」と何度も語っていた。24時間の一日をその目的のために捧げている。カフカは自己の健康管理も徹底的に実施し、食事も40回噛むこと、朝の体操を忘れない。肉食は避け、酒たばこは嗜まない。カフカは通常、チェコの労働者傷害保険協会に勤務。仕事が終わると家に戻り、しばらく休憩し、散歩で出かけた後、夜にかけて小説を書き出す。夜遅くまで書いていたため、朝、出勤に遅れそうになったことは何度もあったが、会社はカフカの仕事能力を高く評価していたので、出勤が遅れても大目にみていたという。カフカは両親と妹たちと一緒に住んでいたが、家族が自分の部屋をいつも通り過ぎるので集中して書けない、といった悩みを抱えていた。商人の父親は息子カフカが夜遅くまで書き物をしていることを最後まで理解できなかった。

カフカは41歳の誕生日1か月前にウィーンのサナトリウムで結核で亡くなるが、親友のマックス・ブロートに宛てた遺書で、未発表の原稿(『審判』や『城』など)を「一文字残らず未読のまま燃やしてくれ」と頼んでいる。ただし、ブロートは燃やすことなく、カフカの原稿を西側に運び出したため、私たちは今日、カフカの作品を読むことができるわけだ。

「書くこと(描くこと)が生きることそのものである」という極限の創作動機や、「死に際して作品を燃やす」という結末は、両者に驚くほど共通している。ストリックランドにとって、絵を描くという衝動はそうしなければ精神が崩壊してしまうほどの絶対的な生理現象だった。カフカも文を書くことが以外に価値を見出せない人間だった。カフカは婚約者フェリーツェへの手紙の中で「私は文学そのものであり、それ以外の何物でもない」と自分の世界を告白している。

カフカは生前、短編小説以外に発表された作品は多くない。カフカは常に自分の作品に対して、気が狂うほどの不安と自己不信を抱いていた、といわれている。彼は「こんな未完成で不完全なものを世に出してはならない」という強烈な完璧主義者だったという。

社会学では人間は「関係存在」と言われている。その点、ユダヤ人のカフカは当時、反ユダヤ主義的な社会に生きていたが、周囲にはユダヤ人の友人がいた。また、映画好きで、よく映画館にも通っている。ただし、結婚するチャンスはあったが、独身のまま生涯を閉じた。一方、ストリックランドには「関係存在」という側面が希薄だ。他者との交流、友人や同僚との関係といった交わりの世界は皆無だ。絵を描くという衝動に最後まで突き動かされて生きた生涯だった。

現代は承認欲求が旺盛な人が少なくない。その点、ストリックランドは180度、異なる。他者にどうみられるか、といったことに全く関心がない。生身の人間ではないような存在だ。そして自己の最高傑作の絵画ですら「燃やせ」と嘆願する。

作家や画家など芸術家には一般的に強い承認欲求がある。また、芸術的表現には程度の差こそあれ、他者と「共有」したいという衝動がある。ストリックランドからはそれを全く感じられないが、カフカの場合、自身の文学の世界を他者と共有したい、といった願いはあったはずだ。ただ完璧主義者のカフカにとって、他者と自身との間のハードルは高すぎたのかもしれない。

アメリカの心理学者アブラハム・マズローの言葉を借りるならば、カフカは、他人の評価ではなく、自分の持つ能力を最大限に発揮し、あるべき自分になりたいという「自己実現欲求」が余りにも強かったのかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年7月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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