トルコ・アンカラで7、8日に開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議は、少なくとも500億ドル(約8兆円)相当の防衛関連契約の発表を伴う首脳宣言を採択して閉幕した。欧州の加盟国が米国に代わって防衛の負担を拡大する方向性では一致したものの、グリーンランドやイラン情勢を巡るトランプ米大統領の発言は、同盟の亀裂も浮き彫りにした。

アンカラで会談するNATOルッテ事務総長とトランプ大統領 NATO Xより
英国のシンクタンク「王立国際問題研究所」(通称、チャタムハウス)のポッドキャスト「Independent Thinking(独立思考)」では、同シンクタンク所長のブロンウェン・マドックス氏の司会のもと、専門家3人が今回の首脳会議とNATOの将来について率直な議論を交わした(「アンカラでのNATO会議:欧州はロシアの攻撃に準備ができているか?」)その概要を伝えたい。
討論には、元英国統合軍司令官リチャード・バロンズ元大将、チャタムハウスのマリオン・メスマー博士、トルコ専門家ガリップ・ダレイ氏が参加した。
米国の「騎兵隊」はもう来ない
バロンズ元大将は、この1年で二つの現実が決定的になったという。
第一は、米国がもはや欧州防衛を最優先とは考えていないことだ。グリーンランド領有を巡る米欧の摩擦や、イラン情勢での対応を通じ、その姿勢は誰の目にも明らかになった。トランプ政権の安全保障戦略は、米国本土、西半球、そして中国との競争を軸とするインド太平洋に重点を置き、欧州はその後順位に置かれている。
「米国の騎兵隊は、もはや欧州を救いに来るつもりはない」。
問題は、米国の関与縮小が「あるかないか」ではなく、「どの程度の速さで進むか」だけだと同氏は語る。
もう一つ明確になったのは、ロシアが「戦争未満」の領域――サイバー攻撃やソーシャルメディアを通じた情報工作――を日常的に展開している実態だ。
ロシアもまた、「米国の騎兵隊はもう来ない」と見ている。そこでロシアがNATO条約第5条(集団防衛の原則)を試そうとしている可能性を指摘する。
ウクライナ侵攻を通じてロシア軍は近代化を進めた。一方で、この優位が永遠に続くとはロシア自身も考えていない。だからこそ、消耗戦を続けるか、それとも備えの整わない欧州に圧力を強めるかという選択に直面している――とバロンズ元大将は分析した。
ロシアは「試す」つもりでいる
チャタムハウス国際安全保障プログラムのマリオン・メスマー博士も、複数の欧州諸国の分析を踏まえ、ロシアは今後2〜3年以内にNATOに対する現実的な脅威となり得るとの認識を示した。
これに対し、欧州各国は防衛費の増額や装備調達を進めているものの、それが実際の戦力となるまでには時間がかかる。その間にロシアがNATOの結束を「試す」行動に出る可能性は否定できないという。
その手段として同氏が挙げたのは、重要インフラへのサイバー攻撃や破壊工作、選挙介入、偽情報の拡散に加え、NATO条約第5条(集団防衛)の実効性を見極めるための限定的な軍事行動だ。想定されるのは、ロシアが2014年にクリミアを奪取した際のように、いきなり大規模な侵攻に踏み切るのではなく、小さな既成事実を積み重ねていく手法である。
標的としてしばしば取り沙汰されるのが、ポーランドとリトアニアの間にある「スバウキ・ギャップ」だ。この狭い回廊を電撃的に制圧されれば、NATOによる奪還は極めて困難になるとされる。スコットランド周辺やスコットランド周辺やスウェーデン領の島々も、同様の一点突破の対象となり得るとメスマー博士は指摘した。
エルドアン氏が得たもの
チャタムハウスのトルコ専門家、ガリップ・ダレイ氏は、首脳会議を主催したトルコのエルドアン大統領が今回の会議で複数の成果を得たと分析する。
まず象徴的だったのは、トランプ大統領が「トルコで開かれるから来た」と公言し、エルドアン氏自ら空港で出迎える中、主要首脳がそろった「家族写真」を実現したことだ。ダレイ氏は、これ自体がトルコの外交的存在感を示す演出になったと評価した。
実利の面では、防衛関連企業とNATO加盟国が調達契約を協議する「防衛産業フォーラム」が初めて首脳会議の正式プログラムに組み込まれたことに加え、ロシア製防空システム「S400」の導入を理由に米国が科してきた対トルコ制裁の解除が議論されたことを挙げた。
制裁が解除されれば、米国主導の国際共同開発による最新鋭戦闘機で、トルコが排除されてきたF-35戦闘機計画への復帰や、米国の防衛技術へのアクセス回復につながる可能性がある。
ダレイ氏によれば、エルドアン氏は欧州の安全保障を「EUだけの問題」ではなく「NATO全体の課題」と位置づけ、EU非加盟ながらNATO加盟国であるトルコ、英国、ノルウェーを欧州防衛により深く組み込むべきだと、一貫して主張してきた。
トルコとロシア、協調から競争へ
トルコはロシアとの関係を維持しながら、今後もNATO加盟国としての立場を保てるのか。
この問いに対し、ダレイ氏は、ロシア製防空システム「S400」の導入は両国関係の中でも例外的な出来事であり、トルコが今後さらにロシア製兵器を購入する可能性は低いとの見方を示した。
同氏によれば、2016年以降の数年間には地政学的な協調も見られたが、現在は競争の側面がはるかに強まっている。シリア、リビア、ナゴルノ・カラバフでは両国は対立する陣営に立ち、トルコが進める、中央アジアのトルコ語系民族国家との連携構想「テュルク世界」も、ロシアにとって警戒すべき動きとなっているという。
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欧州の安全保障体制が大きく揺らぐ中、最も厳しい問いを突き付けられているのは英国かもしれない。長年「欧州における米国の最重要パートナー」を掲げてきた国は、いま、その看板に見合う軍事力を維持できているのか。次回も引き続き、専門家の見方を紹介する。
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2026年7月18日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。







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