日本病のカルテ(3) 日本は「大英帝国なき英国病」

かつて円安になれば輸出が増え、海外へ移転した工場が国内へ帰ってくると期待された。黒田日銀の異次元緩和で、為替相場は1ドル=80円台から120円台へ円安になった。これほど大幅に円が下がれば、日本製品の価格競争力は高まり、「メイド・イン・ジャパン」が復活するはずだった。

しかし輸出は期待されたほど増えず、海外に出ていった工場も戻ってこなかった。戻ってきたのは海外子会社の利益を円換算した数字だった。円安で海外収益が膨らみ、日本企業の連結決算は最高益を更新したが、その利益は国内の設備投資や賃上げには十分に回らず、海外で再投資された。

円安になっても工場は帰ってこなかった

資本に愛国心はない。日本企業は日本に投資しなければならないという法律もない。人口が増え、市場が拡大し、人件費が安く、規制も軽い国があれば、そちらへ投資する。

日本では人口が減り、雇用調整が難しく、法人税や社会保険料の負担は重い。新しい事業を始めれば役所から規制の説明を受け、古い事業をやめようとすれば従業員や取引先との調整に追われる。それなら海外に投資したほうがいい。日本企業はそう判断した。

その結果、日本企業は豊かになったが、日本国民は豊かにならなかった。企業の海外利益は増えたが、国内の実質賃金は上がらない。株価は上がったが、家計の多くは株をもっていない。日本経済は、企業の決算書だけを見れば成長しているが、国民の生活を見れば衰退しているという、二重構造を完成させた。

この姿は、かつて「英国病」と揶揄されたイギリスに似ている。大英帝国は19世紀末に世界の頂点に立ったが、その後、製造業の競争力を失い、貿易赤字が常態化した。二度の世界大戦を経て植民地を失い、ポンドの価値も大きく下落した。1970年の固定為替レートの時代に比べると、1ポンド=900円から現在の200円前後まで、実に1/5に落ちている。

日本人はイギリスの長期停滞を「英国病」と呼び、労働組合が強すぎた、福祉国家が肥大化した、貴族社会が産業の発展を妨げた、などと笑ったが、気がつくと日本が英国病の後を追っている。

製造業は海外へ移転し、国内投資は減り、企業は現金をため込む。政府は生産性の低い企業を補助金で延命し、労働者は成長産業へ移動しない。社会保障は高齢者向け給付を守る一方で、現役世代から保険料を徴収する。

これは一時的な現象ではなく、これから日本は経常収支が赤字の国になるだろう。キンドルバーガーの国際収支発展段階説によれば、次のような段階を追って経済は成長して成熟し、衰退する。

  1. 途上国:貿易収支は赤字で、金融収支は黒字(借り入れ)
  2. 成長国:貿易黒字になるが、所得収支は赤字なので経常収支は赤字
  3. 輸出国:経常収支が黒字になり、金融収支は赤字(貸し出し)
  4. 債権国:貿易収支と所得収支が黒字になリ、経常収支は大幅な黒字
  5. 成熟国:貿易赤字になるが所得収支は黒字で、経常収支の黒字が縮小
  6. 衰退国:経常収支が赤字になって金融収支が黒字(対外資産を取り崩す)

日本は戦前は1だったが、1960年代までは2で、1970年代以降は3から4になった。2010年代以降は5になり、これから6になるだろう。これは大英帝国がこの200年にたどった変化を、駆け足で追いかけている。

イギリスの経常収支(イングランド銀行)

イギリスは20世紀にはずっと貿易赤字だったが、これを植民地からの搾取(所得収支)で補い、経常収支は大幅な黒字だった。第2次大戦で植民地を失って1950年代に大幅な赤字になったが、ポンドを切り下げて黒字にした。この過程で資本が海外に流出し、イギリスは今も世界最大の債権国である。

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