日本の労働市場で、かつての常識が崩れている。
厚生労働省の職業別求人データを基に小出孝雄氏が作成したヒートマップによると、建築・土木・測量技術者の有効求人倍率は6.14倍、介護サービス職は3.22倍だった。これに対し、一般事務職はわずか0.29倍である。
建築技術者には1人当たり6件を超える求人がある一方、一般事務では3人以上が1つの椅子を奪い合う。「大学を出て、スーツを着て、オフィスで働けば安泰」という人生設計は、すでに求人市場では通用しない。
ホワイトカラーが余り始めた
一般事務職の苦境は、生成AIだけが原因ではない。入力、集計、文書作成などの定型業務は以前から省力化されてきた。そこへ生成AIが登場し、議事録、メール、資料作成、翻訳まで自動化できるようになった。
AIが直ちに事務職を消滅させるわけではない。しかし、10人で行っていた仕事を5人で処理できれば、企業が新たに10人を採用する理由はない。
日本企業では大量解雇よりも、新卒採用の縮小や欠員不補充という形で変化が進む。会社の中にはホワイトカラーが残っていても、入口では若者が少ない椅子を争うことになる。
皮肉なのは、日本の学校教育が高く評価してきた能力ほど、AIが得意なことである。文章を要約し、資料を作り、正解らしい答えを出す。これは生成AIの仕事そのものだ。
反対に、身体性や経験、現場判断を必要とする仕事の希少価値は高まっている。大学入試で高得点を取った人がAIと競争し、高卒で現場に入った人が企業から奪い合われる。学歴信仰にとっては不都合な現実である。

新しい勝ち組は「AI技能職」
國光宏尚氏らが有望視するのが、高卒後に現場経験と資格を積み、AIやロボットを使いこなす「AI技能職」だ。
施工管理者がAIで見積書や工程表を作り、ドローンで測量する。設備技術者がセンサーとAIで故障を予測する。介護職が記録作成をAIに任せ、利用者への対応に集中する。
ここではAIは仕事を奪う敵ではなく、生産性を高める道具になる。
現場を知らない人がAIを使っても、出力が正しいか判断できない。しかし経験を積んだ技能者なら、AIの提案を検証し、現実に合わせて修正できる。
これから価値を持つのは、単にプロンプトを入力できる人ではない。何をAIに任せ、どこを人間が判断するかを決められる人である。
大学は本当に安全な進路か
それでも日本の進路指導は、「成績がよければ普通科から大学へ」という一本道から抜け出せない。職業高校や高等専門学校は、いまだに大学進学の次善策のように扱われている。
しかし、一般事務の求人倍率が0.29倍で、建築・土木技術者が6.14倍なら、どちらが安全な進路かは明らかではない。
目的もなく大学へ進み、数百万円の学費を払い、卒業後にAIと事務職の椅子を争う。それより18歳から給与を得て、現場経験と資格を積むほうが合理的な場合もある。
もちろん、建設や介護の求人倍率が高い背景には、待遇や労働環境の厳しさもある。人手不足を嘆くだけで賃金を上げない企業にも責任がある。
それでも、「大学を出れば安泰で、現場職は不安定」という序列は崩れつつある。
AI時代に問われるのは、ホワイトカラーかブルーカラーかではない。現実の問題を解決する技能を持ち、それをAIで増幅できるかどうかだ。
「いい大学を出て事務職に就きなさい」という親の助言が、子どもを最も競争の激しい市場へ送り込む時代が始まっている。








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