黒坂岳央です。
最近、記事や動画、出版した書籍への反応でZ世代と接する機会がある。その中で「自分はまさにZ世代なのですが、正直今の若者文化が大嫌い」と言われることが立て続けにあった。
「タイパ、コスパばかりを気にし、自分が得することしか考えないテイカー思考の同世代が合わない。若者を一括りにしてもらいたくない。自分は上の世代から学ぶことも多く、相手に喜んでもらえることが嬉しい。そういう若者もいることを知ってほしい」
そう語る彼らは、まぎれもなくZ世代でありながら、世間が言う「Z世代文化」の当事者ではなかった。
年代が若いからといって、全員が同じ感覚を持っているわけではない。とても当たり前のことなのだが、ともするとすぐに「多様性」「異文化理解」と言い続ける現代人ほど、実は世代というレッテル貼りをしている。そう思う出来事だった。データや統計には現れないZ世代の本音を取り上げたい。

氷河期世代だが「被害者」と呼ばないで
レッテル貼りは他の世代でも起きる。たとえば自分は就職氷河期世代で、そのことによって、「大変な時代でしたね」「国や社会から切り捨てられた気の毒な被害者」といった扱いを受けることがある。
また、1982年生まれは「切れる世代」と呼ばれ、当時人目を引く事件が続いたことから、この年代がまとめて「攻撃的」「暴力的」というイメージで語られた時期があった。自分は1981年生まれでぎりぎりその括りから外れるのだが、同年代ということで「よく怒り、攻撃的で危険な年代」のような扱いを受けたこともある。
だが、ハッキリ言って自分にはその感覚や価値観はほぼない。自分は健全な競争は好きだが、対立や争いは大嫌い。争いになりそうな空気を感じたら、プライドなど捨ててさっさと身を引くタイプだし、他者の喧嘩を見るのも聞くのも嫌なのだ。
それなのにたまたま生まれた年代だけで「攻撃的な世代」という枠に入れられ、しかも本人の実際の性質とは正反対の評価を受ける。これは、生年という変数から性格や行動傾向を予測することの精度がいかに低いかを示す好例だ。
そして氷河期世代の「見捨てられた被害者」という扱いにも、強い違和感がある。確かに時代は厳しかった。しかし自分の実感としては、被害者というよりむしろ「時代に育ててもらった」という感覚の方が強い。
人生の前半に厳しい時代がきたのはむしろ運が良かったと思っている。もし人生後半にハードモードが来ていたら、前半をお気楽に生きるとその分、後半の困難には耐えられなかっただろう。
以前ABEMA Primeに出演した際も筆者は同様の趣旨を述べた。氷河期世代は確かに大変な思いをした人が多かった。それは事実として認める。だが、大変だった中でもできることはあったはずだ、という立場である。
ここで重要なのは、時代が厳しかったという事実を否定しているのではないという点だ。事実の否定と、その事実に対する解釈・態度の選択はまったく別の話である。同じ景気後退、同じ就職難という外部条件を経験しても、それをどう受け止めるかは個人によって大きく異なる。
世代論を全否定するわけではない
ここまで読むと、自分は世代論そのものを否定しているように見えるかもしれないが、それは違う。世代による共通体験自体は否定しない。
同じ時代の情報環境や経済状況という外部条件は確かに共有される。統計的に見ても、世代間で平均的な傾向の差が出ることはある。これ自体は事実として認めるべきだ。
だが外部条件が同じでも、それをどう解釈し行動するかは個人差が支配的要因になる。分散の大きい変数を平均値だけで語れば、当然そこから外れる個体は無視される。
世代論は集団の傾向を把握するツールとしては一定の価値を持つが、目の前の特定の個人にそのまま当てはめた瞬間、機能不全を起こす。
Z世代も一枚板ではない
冒頭で紹介したZ世代たちの言葉は、まさにこの構造を体現している。彼らは「Z世代の代表」として語られることに違和感を持ち、自分自身の言葉でその違和感を表明した。これは世代内の分散が、世間が想定する以上に大きいことの証左である。
それはZ世代より下のα世代でも同じことだ。筆者の息子は小学4年生の10歳だが、クラスメイトとの間に文化衝突がある。公園に行っても自転車を漕いで信号待ちがあればすぐスマホを開いてTikTokのショート動画を見出す子たちを、息子は「彼らとはあんまり合わない。せっかくみんなで外に来ているのだから一緒に運動をした方が楽しい。スマホで過ごすのはもったいない」と言う。
一方でスマホ組は公園のベンチに4人、5人と並んで、ずっとショート動画を見続けている。同じスマホネイティブ世代、同じ小学校の同じクラスの中でさえ、「文化や価値観が合う、合わない」で分かれているのだ。
◇
世代という括りは便利だが、便利さと正確さは別物である。目の前の一人を、集団の代表ではなく、あくまで個体として見る。それだけのことが、思いのほか徹底されていない。
なお、拙著「Z世代を甘やかすな」は世代論ではなく、年齢を理由に評価基準を緩めること自体への異論である。気になる方はぜひ読んでみてほしい。
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