日本病のカルテ(4) デフレという錯覚

1990年代末から最近まで「デフレ」が日本の長期低迷の原因だから、金融緩和で「デフレ脱却」すれば成長できるという類の議論が続いてきた。しかし白川方明氏(元日銀総裁)は、そもそも長期にわたる需要不足をデフレと考えたのが間違いだったという。

1990年から2020年までの消費者物価上昇率は平均0.2%である。これはデフレーション(物価下落)ではなく物価安定であり、長期低迷の原因ではなく結果だった。これを錯覚して「結果を変えれば原因も変わる」と考えたのがリフレ派だった。

通貨に信用を刻印する セントラルバンカーの10の提言
白川方明
日経BP 日本経済新聞出版
2026-05-10
★★★★☆

「流動性の罠」が帰ってきた

1930年代の大恐慌では、物価が数年で20~30%も下がり、それが銀行の破綻をまねき、それがデフレを加速するデフレ・スパイラルが起こった。この原因は金融危機だった。

当時はほとんど銀行規制がなかったので、銀行の経営が破綻すると預金者の取り付けが始まり、それによって銀行が破綻するスパイラルに陥る。貸し出しが加速度的に縮小するので、市場に流通する通貨が減り、金利がゼロになって物価が下がる。

これが1930年代にケインズを悩ませた流動性の罠だった。金利がゼロなので、それ以上は貸し出しが増えできない。そんな状況は戦後、先進国に起こったことがなかったが、1990年代の日本にやってきた。

ポール・クルーグマンはこれを“It’s baaack”(流動性の罠が帰ってきた)という論文でたくみに説明した。デフレの原因は自然利子率がマイナスになって需要不足が続くからだ、という分析は意表を突くものだった。

自然利子率とは完全雇用に必要な実質金利で、通常は政策金利をそれに等しく設定し、インフレにもデフレにもならないように調節する。日銀が通貨を増やして金利を下げると消費や投資が増えるが、名目金利がゼロになると、それ以上は下げることができない。

したがって日銀がマネタリーベースを増やしても、その資金は日銀に戻ってきて超過準備として「ブタ積み」になる。銀行貸出が増えない原因は、銀行の怠慢や信用収縮ではなく、流動性の罠そのものから生じるのだ。

 実質金利=名目金利-予想インフレ率

だから、人口減少や貯蓄過剰などによって自然利子率がマイナスになっている場合、政策金利がゼロでも高すぎる。そこで、たとえば将来の物価上昇率が3%になると人々が予想すれば、名目金利がゼロでも実質金利はマイナス3%になって自然利子率と一致する。

このためクルーグマンは、中央銀行が将来も金融緩和を続け、景気回復後のインフレを容認すると信じさせる必要があると主張する。中央銀行は無責任であることを信頼できる形で約束する必要があるのだ。

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