横浜流星さんは「多様性を否定」したのか:意図的な切り取りが作った炎上

俳優の横浜流星さんが、ファンクラブのライブ配信でBL作品について語った発言が、SNS上で批判されています。

発端となったのは、Xアカウント「ᴋ_ᴍᴀʀᴜ_ᴅᴀᴜ_ʙᴀʙʏ」という匿名アカウントによる投稿です。同アカウントは、横浜さんの発言を次のように書き起こしました。

「あくまでも私個人の意見として聞いてください。私はBLとか、そういうの興味なくて。全然分かんないので、なし。あくまでも私個人の話ですよ。多様性、意味が分からないので。はい、以上。まあ需要があるからBLだったり、そういう物があるんでしょうけど。意味が分かんないっていうだけです」

この文章だけを読めば、横浜さんがBLだけでなく、「多様性」という考え方そのものを理解できないとして一蹴したように見えます。実際にSNSでは、「多様性を否定した」「性的少数者に対する偏見だ」といった批判が広がりました。

しかし、この受け止め方は、横浜さんの本来の発言趣旨から大きく離れています。

「多様性を否定した」という話ではない

横浜さんが答えていたのは、ファンから寄せられた「BLものを演じてほしい」という要望についてでした。

その中で横浜さんは、自分はBLというジャンルに関心がなく、登場人物の感情や作品の世界を十分に理解できないため、積極的には演じられないという個人的な考えを述べたにすぎません。

これは「同性愛が理解できない」という発言でも、「性的少数者を認めない」という表明でもありません。ましてや、社会における多様性そのものを否定したわけでもありません。

BLは一つの創作ジャンルです。BL作品への出演を希望しないことと、同性愛者の存在や権利を否定することは、まったく別の話です。

ところが問題のX投稿では、前後の文脈が省かれたうえで、「BL」「多様性」「意味が分からない」という言葉がひと続きに並べられています。そのため、横浜さんが「BLも多様性も意味が分からない」と思想的な拒絶を表明したように読める構成になっています。

問題は、個々の単語をまったく別の言葉に置き換えたかどうかだけではありません。発言の前提や対象を落とし、別の意味に受け取られる形で提示することも、立派な曲解です。

公式ファンクラブも「本人の意図しない内容」と説明

横浜さんの公式ファンクラブは7月26日、この問題について異例の告知を出しました。

横浜流星 FC「Étoile Filante」
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公式発表によると、ライブ配信の一部発言を切り取り、本人が意図していない内容として発信したSNS投稿が確認されたといいます。また、横浜さんの発言には「特定の作品や思想を否定」する意図はなく、質問に対して個人の考えを答えたものだと説明しています。

さらに公式ファンクラブは、前後の言葉を切り取り、本来とは異なる発言をしたかのようにSNSで発信する行為を禁止すると改めて警告しました。

つまり、公式側も今回の拡散について、単なる文字起こしではなく、横浜さんの意図とは異なる内容を作り出す切り取りだったと認識しているのです。

それでも、切り取られた文章だけが独り歩きし、横浜さんを「多様性を理解できない人物」「同性愛に否定的な人物」と決めつける投稿が相次ぎました。

最初に刺激的な解釈を提示した側よりも、切り取られた側が説明責任を負わされるという、SNSではおなじみの光景です。

「演じられない」は「存在を認めない」ではない

俳優が「自分にはこの役を理解できない」「今は演じる自信がない」と述べることは、差別なのでしょうか。

俳優は、どのような作品にも無条件で出演しなければならないわけではありません。暴力的な役、性的な描写を伴う役、不倫を扱う作品、宗教や政治を題材にした作品など、本人の価値観や適性によって出演を断ることはあります。

BL作品も例外ではありません。

横浜さんは、BLというジャンルの存在を禁止しろとも、ファンが楽しむことをやめろとも言っていません。むしろ需要があるから作品が作られていることは認めています。そのうえで、自分自身は理解が及ばないため出演には消極的だと答えたのです。

理解できない役を、世間に評価されるためだけに安易に引き受けないという判断は、俳優として不誠実どころか、作品に対して慎重な態度とも評価できます。

それを「同性愛者を否定した」と変換するのは、論理の飛躍です。

句読点一つで「差別発言」は作れる

話し言葉には、間や言い直し、配信画面に表示されたコメントへの反応があります。文字に起こす際に、どこで文章を区切り、どの言葉とどの言葉を結びつけるかによって、意味は変わります。

今回の投稿は、横浜さんの言葉を引用符の中に並べることで、客観的な「完全再現」であるかのような印象を与えました。

しかし、前後の質問や会話の流れを示さず、発言の一部分だけを並べれば、読み手は投稿者が設定した文脈で解釈するしかありません。

「BLの役柄を理解できない」という職業上の判断が、「多様性そのものを理解できない」という思想表明に変換されました。そして、その変換された発言を根拠に本人が批判されました。

これは事実確認ではなく、炎上のための物語づくりです。

多様性を掲げながら他人の発言を認めない矛盾

BL作品を好む自由は尊重されるべきです。しかし、BL作品に関心を持たない自由や、出演を断る自由も同じように尊重されなければなりません。

多様性とは、全員に同じ価値観を持たせることではありません。

あるジャンルを理解できないと率直に話した人物を、「差別的だ」「時代遅れだ」と集団で攻撃し、本人が意図していない思想まで押し付ける行為は、多様性の尊重とは正反対です。

横浜さんの言葉遣いについて、「もう少し丁寧に説明した方がよかった」という批評はあり得ます。しかし、それとて無理筋な批判です。いわんやそれと「多様性や同性愛を否定した」という断定は別問題です。

批判するのであれば、本人が実際に表明した意見を対象にすべきです。切り取った言葉をつなぎ合わせて作った架空の思想を批判しても、それは横浜さんへの批評にはなりません。

今回問われているのは、横浜流星さんの多様性への理解に関することではありません。

他人の発言を自分の望む物語に加工し、それを「本人の発言」として拡散するSNS利用者の情報倫理です。

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