2012年末の総選挙で、自民党の安倍総裁は「日銀に輪転機をぐるぐる回して無制限にお札を刷ってもらう」という経済政策を掲げて圧勝した。この政策は「アベノミクス」と呼ばれたが、中身は日銀の量的緩和だけだった。
これは2000年代に日銀の福井総裁がやって失敗に終わった政策であり、それを大規模にやっても空回りするだけだ――私は2013年8月に出した『アベノミクスの幻想』のまえがきでこう書いたが、いま読んでもほとんど違和感がない。その失敗は最初からわかっていたのだ。
マネタリーベースを増やしても物価は上がらなかった
安倍首相は「これまでとは次元の違う大胆な政策パッケージ」を打ち出し、日銀総裁には元財務官の黒田東彦氏、副総裁にはリフレ派の岩田規久男氏を任命した。黒田氏が4月4日に発表した「量的・質的金融緩和」は、それまでの日銀の常識を破るものだった。
マネタリーベースと長期国債、ETFの保有額を2年間で2倍にする。長期国債の買い入れ対象を40年債まで広げ、平均残存期間も大幅に長期化する。マネタリーベースを年間60兆~70兆円のペースで増やし、2年程度で2%の物価上昇率を実現するという壮大な実験だった。
その心理的効果は大きかった。日経平均株価は上昇し、円相場は円安に動いた。輸出企業の業績も改善し、人々の消費マインドも明るくなった。少なくとも金融市場において、黒田氏のプレゼンテーションは成功した。
しかし、その効果は長続きしなかった。国債を大量に買えば長期金利が下がるはずだったが、異次元緩和の発表直後には国債市場が混乱し、10年物国債の金利は一時的に急上昇した。国債先物市場ではサーキット・ブレーカーが発動され、住宅ローン金利も引き上げられた。インフレ率はその後も1%前後だった。
リフレ派の理論では、日銀が銀行に供給するマネタリーベースを増やせば、銀行貸し出しなどのマネーストックが増えるはずだったが、ゼロ金利ではそれ以上資金需要が増えないので、マネーを供給しても貸し出しは増えず「ブタ積み」として銀行の日銀口座に戻る。
図1(日銀)
現実に図1のように、日銀がマネタリーベースを50%以上も増やした2013年に、マネーストック(M3)は数%しか増えなかった(左右のスケールに注意)。これは2010年代の論争で理論的にはわかっていたが、それを日銀が大規模に実証したことには意味がある。
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