
先日、X(旧Twitter)で、営業を終えたイマーシブ・フォート東京の跡地を映した動画が流れてきた。
かつてヴィーナスフォートとして、多くの人が行き交った巨大な建物である。中世ヨーロッパ風の街並みは残っている。しかし、そこに人はいない。映像から伝わってきたのは、廃墟というより、次の役割を待っている巨大な空間の静けさだった。
イマーシブ・フォート東京は、2026年2月28日に営業を終了した。
では、この場所には次に何を入れればよいのだろうか。
新しいテーマパークか。ライブ施設か。あるいは、もう一度ショッピングモールに戻すのか。
旧パレットタウンを含む青海の中心街区について、暫定利用が終わった後に、何を恒久的な都市機能として置くのかという答えは、まだ定まっていない。
しかし、私は問いの立て方そのものを変えるべきだと思う。
必要なのは、施設単位の集客競争ではなく、街全体の需要構造をつくり直すことである。
最高水準のマーケターでも、巨大な床は埋められなかった
イマーシブ・フォート東京を手がけたのは、森岡毅氏が率いる株式会社刀である。
刀の公式発表によれば、当初は、大人数が比較的短時間で楽しむ「ライトな体験」が中心になると想定していた。ところが実際には、少人数で長時間参加する「ディープな体験」に需要が強く偏った。その事業モデルに対して、施設の規模が大きすぎたことが営業終了の理由だという。
森岡氏は、USJをV字回復させるなど既存施設の再生やブランド構築で国内最高水準の実績を持つマーケターだ。
つまり、そこまでの人材をもってしても、巨大な旧ショッピングモールを恒常的に満たすのは難しかった、と考えるべきだろう。
しかし私は、その背景には、お台場に平日昼間の固定需要が少ないという、より大きな都市構造上の問題もあったと考えている。
足りなかったのは、完璧な休日型集客施設ではなく、ここで暮らし、働き、買い物をする人ではないか。
そこで提案したい。
お台場に大規模ケアキャンパスをつくってはどうだろうか。
お台場・大規模ケアキャンパス
私はこれまで、二次救急病院を中心に、介護施設、高齢者住宅、商業施設、温浴施設、公園などを集約する「大規模ケアキャンパス」を提案してきた。
一軒ずつ離れた高齢者宅を訪問し、分散した小規模施設を維持するのではなく、人が暮らす場所そのものに医療、介護、生活サービスを集める構想である。

お台場の青海地区には、そのための土地と、すでに整った周辺機能がある。
現在、N・O・P区画は合わせて約5万1800平方メートル、R区画は約2万6700平方メートルあり、主にイベント用地として暫定利用されている。合計約7.85ヘクタールである。
ここに、介護必要度に応じて機能を連続的に配置する。
P区画には、救急、手術、集中治療、高齢者救急、認知症やせん妄への対応を備えた二次救急病院を置く。災害時には、周辺住民や観光客も受け入れる災害医療拠点とする。
O区画には、介護医療院と老健を置く。急性期治療を終えた人が、リハビリや長期療養を受ける場所である。
N区画には特養、認知症対応施設、ショートステイを置く。
R区画には、サ高住、介護付き有料老人ホーム、自立型高齢者住宅をつくる。高層化し、上層階には眺望を生かした富裕層向けの高級シニア住宅を配置してもよい。
状態が悪化するたびに、遠く離れた別の施設へ移る必要はない。
自立型住宅から介護付き住宅へ。介護施設から病院へ。病院から老健へ。
転居先は、隣の区画でよい。
家族との関係も、地域とのつながりも、利用していた店も失わずに済む。

機能配置を示す概念図
高齢者だけの町にはしない
大規模な高齢者施設をつくると言えば、「姥捨て山をつくるのか」という批判が出るだろう。
しかし、この構想は高齢者を隔離するものではない。ここに高齢者専用の娯楽施設や、高齢者専用の商店街をつくる必要もない。むしろ逆である。
お台場には、すでに若者や観光客を呼ぶ施設がある。
Q区画にはダイバーシティ東京があり、ラウンドワンのスポッチャも営業している。
イマーシブ・フォート東京の跡地と同じST区画にはトヨタアリーナ東京がある。周囲にはガンダム、ライブ施設、ホテル、飲食店、シンボルプロムナード公園もある。
若者向けの機能は十分にある。
そして、過去のお台場の施設を「失敗の連続」と評価するのは全く正しくない。
パレットタウンは、東京都が暫定利用を条件に貸し付けた土地に1999年に開業した。ヴィーナスフォート、MEGA WEB、大観覧車、Zepp Tokyoなどは長年にわたって多くの人を集めた。その後、土地の売却と本格開発の進行に伴い、2022年までに営業を終了している。
東京お台場大江戸温泉物語も、需要不足で撤退したのではない。18年間営業し、年間約100万人が利用していたが、東京都との定期借地契約の期限を迎えたため閉館した。
個々の施設は、十分に人を集めていたのである。
つまりQ区画のスポッチャもガンダムも、そのままでよい。アリーナにも若者が来ればよい。公園では子どもが遊び、観光客が歩く。
一方でその隣を高齢者が散歩する。
その世代を隔てない、生活と需要の重なりこそがお台場に必要なのである。
病院、介護施設、高齢者住宅、商業施設、公園を、塀で囲わずに一つの町として使う。
各区画は、屋根付きのバリアフリー動線で結ぶ。車椅子や歩行器でも移動でき、雨や猛暑の日にも外出できるようにする。低速の自動運転車を走らせてもよい。
医療や介護が必要になったからといって、社会から切り離される必要はない。
ガンダムを見に来た若者と、病院から外出してきた高齢者が、同じフードコートで昼食を取る。
それが理想的な全世代型の街の姿である。
ST区画を、日常を支える場所に変える
さて、もう一度、この構想の中で、イマーシブ・フォート東京跡地を含むST区画の役割を考えてみよう。
大型エンターテインメント施設を単独で入れる必要はない。
温浴、宿泊、スーパー、飲食店、ドラッグストア、日用品店、フィットネスなどを備えた、全天候型のショッピングモールとして再構築すれば良い。
かつての大江戸温泉物語とヴィーナスフォートを、現代的な形で一体化するような施設があると想像してみよう。
休日には、観光客、若者、アリーナの来場者が使う。
平日昼間には、高齢者住宅の住民、外来患者、面会に来た家族、病院や介護施設の職員が使う。
平日の夕方以降は、職員や住民、ホテルの宿泊客が飲食店や温浴施設を使う。
高齢者だけでショッピングモールを支えるわけではない。
観光客やイベント客による変動の大きな需要に、高齢者、家族、医療介護職員という毎日の固定需要が加わる。
これまで弱かった平日昼間を埋められれば、商業施設の収益は安定する。
医療と介護は、商業施設の負担ではない。町に日常の需要を生み出す基盤になり得る。
この構想は、実現できるのか
絵空事に見えるかもしれないが、主な壁を順に確認しておきたい。
まず用途である。現在の青海地区の計画は観光・交流と研究開発を中心としており、住まいとケアの位置づけはない。
しかし、これは東京都自身が定めた計画である。都が決断すれば変えられる。臨海副都心のガイドラインには、もともと医療や福祉機能の導入も掲げられてきた。
次に高さである。東京都が2019年に行った調査では、この一帯の都有地について高さは120メートル程度、容積率500パーセントが目安として示されている。羽田空港の航空法上の制限もあり200メートル級の超高層は難しいが、100メートル級、30階前後のタワー型高齢者住宅は十分に建てられそうである。
一方、特養までタワーにする必要はない。10〜15階程度で各フロアをユニット完結型にすれば、介護動線と災害時の避難を両立できる。残った容積は職員住宅や家族の滞在施設に充てればよい。
災害への懸念にも設計で答えられる。埋立地であり、橋とトンネルに依存する立地だからこそ、P区画の病院に非常用電源と備蓄を持たせて災害拠点とし、各施設は上層階への垂直避難を前提に設計する。避難先を遠くに求めるのではなく、避難先そのものを住まいの隣に置く発想である。
資金も、税金を注ぎ込む話ではない。都は土地を売らずに長期の定期借地とし、収益性の高い住宅・商業と、収益性の低い医療・介護を一つの開発パッケージに組み込んで、借地料や共用施設の負担を公募条件で調整すればよい。
東京都が先に町の構造を示すべきだ
ST区画にはすでに森ビルやトヨタグループなどの事業者が入り、アリーナも開業している。したがって、東京都がST区画全体を白紙から再公募するという話ではない。
東京都が先に示すべきなのは、都有地であるN・O・P・R区画を、医療、介護、住宅、防災を一体化した地区として開発する方針である。
東京都は2019年にも、青海地区の都有地について、周辺区域を含めた民間事業者からの提案を募集している。32事業者から107件の提案が寄せられ、商業、宿泊、交通、研究、娯楽など多様な構想が示された。
今度は、施設のアイデアを自由に募るだけではなく、町の骨格を都が先に示すべきである。
P区画には救急病院を置く。O区画には老健と介護医療院、N区画には特養、R区画には高齢者住宅を置く。各区画を屋根付き動線で結び、公園とQ区画、ST区画を共用する。
その前提を示したうえで、医療法人、社会福祉法人、デベロッパー、商業事業者を募る。
N・O・P・Rに毎日の定住人口と就業人口が生まれることが決まれば、ST区画の民間事業者にも、温浴、宿泊、商業へ投資する新しい理由が生まれる。

お台場ケアキャンパス理想図
足りないのは、構想である
今年の9月には、『踊る大捜査線』シリーズの新作映画が公開される。このシリーズで最も有名な台詞
「レインボーブリッジ、封鎖できません!」
これは管理と管轄が入り組み、誰も決められない、縦割りの壁に阻まれる現場の悲鳴だった。20年あまりを経て、同じ街で試されているのは、今度こそ決められるかどうかである。
お台場に必要なのは、次の話題の施設ではない。
毎日ここで暮らし、働き、食事をし、買い物をする人である。
若者を呼ぶ施設は、すでにある。
そこに病院、介護施設、高齢者住宅を加えれば、お台場は休日だけ人が集まる観光地から、365日動き続ける町へ変わる。
しかし、新たな構想がなければ、施設も人もいなくなり、お台場全体は廃墟と化すかもしれない。
そうなれば、お台場を誰もいない元の砲台しかない埋立地に戻すのか。
いや、もう戻せない。
お台場は、封鎖できません。
編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2025年8月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。








コメント