
58歳。この年齢の人と話していて、いちばんよく聞く台詞がある。
「定年後? まあ、そのときになったら考えますよ。」
——間に合いません。断言する。
いや、正確に言えば「間に合わないことがある」だ。ただ書いていて腹が立ってきたので断言しておく。理由は後で書く。
『知りたいことがぜんぶわかる! 定年前後のお金の超基本』社労士みなみ (著)/Gakken
定年後の働き方は3つしかない。
① 同じ会社に残る
② 転職する
③ 自営業やフリーランス、あるいはアルバイト
この3択だ。整理すればそれだけの話で、パンフレットにもそう書いてある。問題は、この3つが「働き方の違い」ではなく「手続きと年金と保険の違い」だという点を、当の本人がまるでわかっていないことだ。
①の再雇用がいちばん楽なのは事実である。社会保険も雇用保険もそのまま継続、厚生年金も積み上がる。税金の手続きは会社がやってくれる。何もしなくていい。ラク。ただし賃金は下がる。多くの場合、かなり下がる。役職も外れる。前の部下が上司になることもある(これ、実際に見た。飲み屋で愚痴を3時間聞かされた)。
で、その賃金低下を補うのが雇用保険の「高年齢雇用継続給付」だ。ここからが本題である。
2025年4月から、支給率の上限が15%から10%に引き下げられた。対象は2025年4月1日以降に60歳に達する人。3月31日以前に60歳になっていた人には従来の15%が適用され続ける。
要するに、生まれた月が数カ月違うだけで、もらえる額が3分の2になる。制度としてはそういう設計だと言われればそれまでだ。経過措置というのはどれもそういうものである。頭では理解している。理解しているが、当事者にとっては「知らないうちに条件が変わっていた」以外の何物でもない。この給付をあてにして再雇用の条件を飲む人は多い。多いのに、周知は静かだった。少なくとも私の周りで、これを事前に知っていた58歳は一人もいなかった。
話を戻す。
②の転職。厚生年金に加入できるし保障も変わらない。ここまでは①と同じ。問題はブランクだ。退職から次の入社まで空くと、健康保険を任意継続にするか国民健康保険にするかを自分で選び、求職中に基本手当をもらうならハローワークに行き、住民税を自分で納め、場合によっては確定申告もする。切れ目なく転職できるなら会社がやってくれる。つまり「1日も空けないこと」が最強の節税であり最強の時短である。ぶっちゃけ、そこだけ守れば①と大差ない。
③の自営業・フリーランス。自由度は圧倒的に高い。定年がない。収入に上限もない。ただし厚生年金には入れないので年金は増えない。医療保険の保障も下がる。国民健康保険料は全額自己負担。雇用保険は「働きたいのに仕事がない状態」への給付だから、自営業者は最初から対象外だ。扶養している配偶者が60歳未満なら、その人の国民年金の手続きも要る。
書き並べると悲惨に見えるだろう。実際、悲惨に見せるように書いた。でも、③を選んだ知人でいちばん機嫌がいいのは、間違いなく③の人たちである。年金は増えないが、朝の会議がない。どっちが幸福かは私が決めることじゃない。
最後に一つだけ。65歳に達する3カ月前に「年金請求書」が届く。年金は請求しないと1円も出ない。放置していて「まだ振り込まれない」と言ってきた人が、私の知る限り2人いる。2人とも、封筒を開けていなかった。
考えるのは今日でいい。決めるのは明日でいい。ただ、封筒だけは開けてくれ。
※ここでは、本編のエピソードをラノベ調コラムに編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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