拙稿「昭和の体育会系部活もすでに詰んでいる」で、部活を学校から切り離すのが望ましいと書いたのが、去年8月である。

あれから1年、2026年度から部活動の「改革実行期間」に入り、分業は現実に動き出した。
たとえば神戸市は8月末で市立中学校の部活動を終了し、9月から地域クラブ「コベカツ」へ全面移行する。

京都市も「京クラ」「放活」への再編を進めている。

そんな中で今年8月21日、インフルエンサー・静岡の元教師すぎやま氏が、これらの地域移行に抵抗する空気そのものへの異議を唱え、1,400を超える賛同を集めた。
元吹奏楽部顧問だけど、吹奏楽部だけ特別扱いしようという声がなぜ出るのか本当に疑問。…
— 静岡の元教師すぎやま (@M19Sugiyama) August 22, 2026
なぜ吹奏楽だけが「部活として残さないと文化が終わる」という話になるのか、というのが投稿の骨子だ。
これに対する反発の中で引かれていたのが、去年12月の朝日新聞の記事だった。

全日本吹奏楽連盟が文部科学省に陳情し、全国約7千の中学校吹奏楽部を約5千の地域クラブに移すには、保護者の負担分を差し引いても年100億〜120億円が必要だとして、国の支援を求めていたのである。
8か月前の陳情が、移行の現実味とともに蒸し返された形だ。
すぎやま氏の指摘は正当で、拙稿も含めて既にネット上に出尽くしているものであり、有力な反論は見当たらない。
※ なお朝日新聞社が全日本吹奏楽コンクールの共同主催者であり、同社の人間が連盟の常任理事を務めている点は、本記事の論旨とは別の話である。
私が引っ掛かったのは、批判ではなく擁護の側である。
吹奏楽部が消えれば音楽の裾野が失われる、という論拠を読むと、それ自体が結論を否定しているからだ。
その考えから、本記事を認めるに至った。

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「音楽格差」論は自分を否定している
この種の擁護論には朝日の報道だけでなく、アゴラへの寄稿にも共通する型があった。
イギリスでは公立校の生徒が吹奏楽に触れる機会が乏しいと指摘し、日本の学校文化の豊かさを対置する、谷本真由美氏による記事である。

ところが理由として挙げられたのは、
- 楽器メーカーの不在
- 練習できる公共施設の不足
と、どちらも学校の外の話であった。
この説明に従うなら、日本の裾野を支えてきたのは学校ではなく、民間の楽器産業と自治体のインフラということになる。
部活が地域へ移ったところで、その2つが消える道理はない。
そして反例が、谷本氏が引き合いに出した当のイギリスにある。
世界屈指の実力と知名度を誇る英国式ブラスバンド、グライムソープ・コリアリー・バンドだ。
同バンドは1917年、炭鉱労働者の余暇活動として設立された。
炭鉱が閉じた後も演奏を続け、映画『ブラス!』のモデルとなり、ロンドン五輪の開会式にも立っている。
彼らの100年超にもわたる歴史は、学校を一度も経由していない。
100億円は新しい費用ではない
次に、要求額を眺めてみよう。
全日本吹奏楽連盟が要求したのは100〜120億円。
一方、文化庁の令和8年度概算要求で、文化部活動の地域展開にあてられるのは、7億円であった。
吹奏楽1ジャンルの要求は、なんとその14倍を超えている。
家庭の負担も見ておきたい。
株式会社マーケットエンタープライズの調査では、次のように書かれている。

吹奏楽部の活動には、楽器を除いても倍以上の費用が必要で、さらに楽器を自分で用意すると、平均的な教科外活動費の10倍近い多額の初期費用がかかる
楽器を学校から借りても、メンテナンスや遠征で年間59,503円かかる。
公立中学校の教科外活動費の平均29,308円の倍以上であり、新品の楽器を自前で買うなら初期費用は平均303,983円に達する。
吹奏楽は部活という枠組みの中でも、既に誰にでも開かれた入口ではなかった。
さらに同調査では、68.4%の生徒が学校所有の楽器を使っていた。
吹奏楽部を支えてきた最大の補助は、金ではなく楽器という現物である。
であれば、学校から地域クラブへ移せば済む話であって、毎年100億円を要する性質のものではない。
では団体のいう「100億円」は、これまでどこから出ていたのか。
どこからも出ていない。
教員の休日と時間外に、帳簿へ載らない形で押し付けられていたのである。

給特法のもとで公立校の教員に時間外勤務手当は支給されず、休日の部活指導は4時間で3,600円にとどまる。
そもそも部活動は、校長が時間外勤務を命じられる「超勤4項目」にすら含まれていない。
このように、帳簿に載らないまま誰かが払い続けている費用を、簿外債務という。
連盟自身が、2022年に文化庁へ提出した意見書でこう書いている。
これまでは教師が無償で指導していた分を、外部指導者(教師の兼職兼業も含む)に適切な対価を支払って委託することになる
費用が増えたのではない。
誰が払っていたかが、ようやく表に出ただけだ。
やはり部活は、学校の外へ出した方がいい
ここで、想定される最強の反論に答えておこう。それは吹奏楽部を地域へ移せば、月謝を払えない家庭の子どもが音楽から締め出される、というものだ。
これは正しい懸念である。
京都市が「京クラ」と「放活」に分けたのは、
- 会費制の本格的な活動
- 無償だが平日午後5時までで対外試合もない活動
の2本立てを意味する。
公費で音楽学校を運営するスウェーデンでさえ、受講者の84%は親が高等教育を受けており、全国平均の65%を大きく上回る。
格差は移行によって生まれるのではない。
既にある格差が、移行によって見えるようになるだけだ。
しかし、それは連盟に100億円を渡して解決することではない。
その金は連盟と既存の部の維持に使われ、既にあるただ乗りと格差が広がるだけだ。
一方で子ども(あるいは親)に渡せば、金は子どもが行きたい場所へ流れる。
同じ公費でも、誰に渡すかで向かう先が変わるのだ。
これはミルトン・フリードマンが学校選択のために構想した、教育バウチャーという仕組みである。
これを、学校外活動に応用すればいい。
前例は既に国内にある。

小学5年から中学3年までを対象に月1万円を上限として、学習塾だけでなく音楽やスポーツの教室にも使える。
2024年10月からは所得制限も撤廃され、2026年度からはデジタルクーポン方式へ移る。
このような教育バウチャーならぬ「クラブバウチャー」を、分業と並行して展開すればいいのだ。
吹奏楽をやりたい子はそれで教室に通えばよく、ピアノでも和太鼓でもかまわない。
学校教育そのものにバウチャーを入れる話であれば、公教育の在り方をめぐる長い論争がついて回る。
しかし地域クラブは、学校外の運用を想定している。
その論争をここへ持ち出すことはできない以上、導入ハードルは既存の部活動よりはるかに低いはずだ。
格差を理由に地域移行へ抵抗するのなら、より直接的な解が最初から用意されているのである。
それを検討せずに団体への公費だけを求めるのなら、守りたいのは子どもの機会ではなく、いまの器そのものではあるまいか。
ここで私の体験を述べる。
大学で入った運動系の部では、酒を飲まなくてよいと言われた歓迎会で潰されかけた。
抗議すれば「礼儀」だと返される。
理不尽である。
それでも、辞めれば済んだ話だ。
掛け持ちしていたもう一方の部は、厳しくとも理不尽はなかった。
辞める選択肢があったから、どちらも何とかなっている。
これが中学や高校で、顧問が進路の推薦権まで握る関係なら、逃げ場は転校しかない。
部活を守りたいという声に、私は反対しない。
守るために学校を使うな、と唱えているだけである。








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