日本の職場でパワハラが起きやすい真の理由

黒坂岳央です。

上司が部下を威圧し、人格を否定し、過剰な要求を突きつけるパワハラ、これは日本だけでなく、世界中の職場に存在する。厚生労働省の2023年度調査によると、過去3年間にパワハラを経験した労働者は19.3%に上る。決して珍しい話ではない。

自分は会社員の頃、実際の会社でパワハラ問題が起きたのを目の当たりにしたことがあるのだが、このパワハラが起きる理由には「日本特有の原因」があると思っている。筆者の持論を述べたい。

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日本とアメリカでは「上司の怖さ」が違う

パワハラとは一般的に上司から部下に対して行われる行為だ。まずは日米で上司と部下との距離感や感覚の違いを考えたい。

まず、前提としてアメリカの労働市場は、日本より雇用の流動性が高い。日本の厚生労働省では、5か国比較調査を引用し、日本の転職経験率は約60%であるのに対し、米国は約90%、英国は約93%だったと紹介している。このデータからもアメリカは日本より「会社を変える」という選択肢がカジュアルなのは確かだ。

さらにアメリカでは、雇用契約や州法などの違いはあるものの、企業側が従業員を解雇する自由度も日本より高い。特に上司は極めて人事権が強く、仕事のパフォーマンスが悪い部下を日本より解雇することができる。

アメリカの職場では、「この上司に嫌われたら、自分が会社に残れないかもしれない」という緊張感が生まれやすい。

極端に言えば、上司の靴を舐めるように上司の評価を気にするインセンティブがある。上司に嫌われれば、自分が切られる可能性があるからだ。筆者は米国系外資で働いていたが、上司のネクタイを大げさに褒める部下や、ホームパーティーなどどこへいくにもついていって歯の浮くようなお世辞を言う人を見てきた。

一方、日本では歴史的に事情が違う。日本企業では、一度入社した社員が長期間同じ会社で働く。これは「就職」というより「就社」といった雇用慣行が強い。企業側も簡単には人を入れ替えないし、労働者側も簡単には会社を辞めない。この組み合わせによって、別の権力関係が生まれる。

アメリカでは、「上司に嫌われたら、自分が出ていく、出される」という圧力が強いが、日本では、「上司が嫌でも、自分はこの会社に残り続ける」という状態が成立しやすい。

まず、パワハラを考えるときには「上司の性格」だけではなく、上司と部下がどれくらい簡単に関係をリセットできるかを見る必要がある。

なぜ日本人はパワハラされても辞めないのか

パワハラに悩むという人がいれば、「そんな会社、辞めればいい」と思う人もいるだろう。

だが市場価値の高い人間は転職できても、市場価値が低い人間ほど事情は変わる。年齢が高く専門性がなかったり、転職すると給料が下がるという事情がある人。それから家族や住宅ローンを抱えている人は「上司が嫌だから辞める」という選択は取りにくくなり、結果として嫌でも残ることになる。

そして重要なのは、部下が辞めないことを上司も分かっているという点だ。「こいつは何を言っても辞めない」「多少怒鳴っても会社に残る」そう分かれば上司の行動も変わる。これは人間性の問題ではなくインセンティブの問題である。

上司が部下を怒鳴りつけた翌日に部下が退職届を出して転職してしまえば、会社は人材を失い、採用コストが発生し、上司自身の評価も下がりかねない。だが怒鳴っても辞めないと分かっていれば、上司にとってのコストは限りなく小さい。失うものがないのでパワハラが起きやすい。

東南アジアでは人前で怒ると恨みを買って殺されるリスクがあるが、日本でそこまでする人はほとんどいない。こうした「仕返しをされないので、安心してパワハラできる」ともいえる。

上司を生むのは性格だけではなく、パワハラをしても何も失わないという環境そのものである。

どうすればパワハラがなくなるか?

ではどうすればいいのだろうか。

相談窓口の設置、管理職研修、ハラスメント防止規定の整備。どれも必要な対策ではあるが、もっと強力な抑止力がある。パワハラをしたら部下が辞めるという市場環境を作ることだ。

厚労省の調査でも、パワハラを受けた人の中で「何もしなかった」と回答した割合は過去調査で40.9%に上り、理由として「何をしても解決にならないと思った」「職務上の不利益が生じると思った」が挙げられている。

被害者が「会社に言っても無駄だ」「反撃すれば自分が損をする」と考えているなら、加害者側のリスクは低いままだ。逆に「嫌なら辞める」「他社に移る」「上司を飛ばして会社に訴える」という選択肢を労働者が実際に持っていれば、上司の行動は変わらざるを得ない。

OECDも、労働者の外部への選択肢すなわち転職可能性が賃金交渉力や労働市場のダイナミズムに影響すると指摘している。転職先の選択肢が減れば労働者の交渉力も落ちる。これはパワハラにもそのまま当てはまる。

筆者が働いていた会社では上司がきつめに指導した結果、部下の帰国子女の女性社員が激怒し、人事部に記録を提出、すぐに辞めてしまった。このことが社内で問題になり、その上司はパワハラ防止研修に出席させられた。

彼は解雇こそされなかったが、周囲からの評価は著しく低下したことは間違いない。「あの人問題起こしたらしいよ」となれば、出世にも影響する。

部下が会社を辞めてしまったら管理能力を問われるので、上司も「辞めてしまったらどうしよう」と相手に強く出られなくなる。お互いにイーブンの関係性となれば、無用なパワハラが起きるプレッシャーは下がる。

パワハラをなくすために「上司は部下を尊重しましょう」「怒鳴ってはいけません」と呼びかけるだけでは限界がある。人間の行動を本当に変えるのは道徳よりもインセンティブだ。パワハラをすると自分が損をするとなれば、どんな人でも思いとどまる。

被害者にも非がある、というつもりはまったくないが会社を辞められない人間は上司に人生を握られる。パワハラの最大の抑止力は「いつでも転職できる」という選択肢であり、市場価値なのだ。

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Z世代を甘やかすな」(著:黒坂岳央)

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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