
結論から言う。服代をケチる人がいちばん高い買い物をしている。もったいないと言いながら、その何倍もの機会を捨てているからだ。
いや、いきなり喧嘩を売るような書き出しになった。すまない。でも本当にそう思っているのだから仕方がない。
『信頼を着る』(長友妙子 著)三笠書房
服を「消費」だと思っている人は、レシートの数字しか見ていない。一万円払った。財布から一万円減った。以上。それだけの話として処理される。装いがその後の商談や面談でどう効いてくるかという部分は、レシートに印字されないから存在しないことになる。だから上質な服を買うことが「無駄遣い」の棚に放り込まれる。
一方で服を「投資」と捉える人は——と書きかけて、この「一方で」がいかにも優等生くさいのでやめる。要するに、こっちの人たちは知っているのだ。身なりを整えた翌週から、なぜか話が早く進むという、あの現象を。
決算書より先に、経営者が見られている
とりわけ経営者。あなたの装いは、そのまま会社のイメージになる。社員三人だろうが三千人だろうが関係ない。「我が社はこういう会社です」を代弁する存在は、パンフレットではなく、あなた自身だからだ。
取引先は決算書を読む前にあなたを見ている。求職者は企業理念を読む前に、面接に出てきた人間を見ている。襟がヨレていれば、細部に無頓着な会社なのだろうと推測される。理不尽? そうかもしれない。でも人はそう見る。そういう生き物だ。文句は進化の過程に言ってほしい。
ここで思い出す光景がある。ある会社の撮影で、社長が現れた瞬間、現場の空気がすっと引き締まった。何を喋る前でもない。ただ立っていただけ。あれを見て以来、私は「装いは無言のプレゼン」だと思っている。
また、日本のビジネスは名刺交換から始まる。氏名、会社名、肩書。情報がぎっしり詰まった小さな紙。最近では少しでも印象に残るように、バラエティに富んだものも増えている。
でも、正直に思い出してほしい。名刺の文字を読むより先に、あなたは相手の何を見ている? 服だ。外見だ。順番は絶対にひっくり返らない。
つまり服は名刺より雄弁に、着ている人を語ってしまう。TPOと立場に合った装いは、それだけで肩書の代わりになる。逆もある。名刺に立派な役職が刷ってあっても、装いがそれを裏切っていたら、疑われるのは装いではなく肩書のほうだ。紙より実物。当たり前だが、当たり前ほど見落とされる。
スタイリストは主役ではない。だから目立つ服はTPOに合わない。それでも「今日この人たちに信頼してもらえる格好か」は、何十年、毎朝考えてきた。服は自分の肩書。この感覚は現場が教えてくれたものだ。
十着。必要経費として
さて、現実的な話。本気で装いを立て直すなら、多くの場合は十着ほど買い足すことをすすめる。一着だけ足しても、印象は一ミリも動かない。悲しいがそういうものだ。
高級ブランドで固める必要はない。ただ、それなりの初期費用はかかる。ここで財布が閉じるか開くかが分かれ道になる。惜しい出費と考えるか、未来の自分への必要経費と考えるか。
投資と呼ぶからには、絶対に儲かるとは言わない。言えるわけがない。装いは実力を保証しない。装いができるのは、実力が正しく伝わるまでの時間を縮めることだけだ。ただしそれは、思っているよりずっと大きい。
しかも服は消えない。減価償却の異様に遅い資産だ。着るたびに働き続けるし、一度身につけた着こなしの基準は、十年経っても頭から抜けない。
クローゼットの扉を開ける。そこに並んでいるのは布ではない。数年後の自分が受け取るはずの信頼の、前払い分だ。
……と、いい感じにまとまったところで白状すると、私自身、若い頃は服代を惜しんでいた。惜しんで、損して、それでようやくわかった。だからこれは説教ではない。反省文である。
※ここでは、本編のエピソードをラノベ調コラムに編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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