
日本の多くの左翼さんたちは彼ら自身の行いによって、「左翼」という言葉の印象が非常に悪い物になると、リベラルを自称するようになりました。
本来のリベラリズムとは、法の支配の中で多元主義、寛容によって幅広い意見を尊重し、合意形成を目指す多様な価値観をお互いに許容する価値観でした。
ところが日本では左翼どもが左翼という実態に応じた評価を誤魔化すために、リベラルを自称し、リベラルという言葉は、彼ら左翼が集団で背乗し続ける事で、今やリベラルという言葉もイメージの悪い左翼のそれになっていると思います。
今の日本でリベラルを自称している連中の考え方は、多様性を受け入れろといいながら、自分達の価値観だけを押しつける単一主義。自分達と異なる価値観は一切認めない不寛容と排除。そして国の金や他人の金にたかりながら反権力、反体制を行う自分達に酔いしれる。そういうものではないでしょうか?
彼らは自分達と異なる価値観については片っ端から「ネトウヨ」のレッテルを貼り、大多数である特に偏った思想を持たない人達までがネトウヨにされました。
自分達と異なる思想にはレッテルを貼って排除する。排除が我慢出来ないのでレッテル貼りを加速させる。
日本のオールドメディアは一部の例外を除いて、基本的に左翼思想に汚染されていると言ってよいでしょう。
このため自分達の思想を正当化するためにも、自分達以外の思想を排除するためにも、少しでも保守的、右派的な政治思想に対しては「極右」というレッテル貼りをします。
「ネトウヨ」と同じくなんでもかんでも極右という扱いにしてしまいます。
また極右というレッテルを一度貼ったら、このレッテルを永遠に剥がさないようにしているため、オールドメディアは自分達の報道では海外の政治家や政党、政策なども、客観的に評価するための情報をきちんと流さずに語るようにもしています。
オールドメディアを鵜呑みにしているとバカになる。という世界が作られてしまいました。
日経新聞がこんなタイトルの記事を出してしまいました。
【イタリア・メローニ政権、戦後最長に「現実路線の極右」が安定の要】
(2026/9/3 日経新聞)
産経など極一部を除いてオールドメディアどもは、少しでも右派的なものがあればその存在そのものを否定するためにも、「極右」のレッテルを貼ってきました。
メローニについても同じでずっと極右ということにしてきました。
ですが実態を無視したレッテル貼りだったため、日経新聞はとうとう「現実路線の極右」という、意味不明な言葉を生み出してしまいました。
メローニの路線は経済的にはEU協調路線。安全保証ではNATO強調路線。財政においては穏健路線。移民政策についても不法移民の抑制政策を取りつつ、合法的移民の受け入れは行う現実路線であって排外主義的な極右ではありません。
実態に即して評価するのであれば、現実主義の中道右派路線と言ったところでしょう。
ところが「極右」という一度貼り付けたレッテルは絶対に剥がさない日本の左翼文化を改められないため、「現実路線の極右」という矛盾する表現を作って、なんとか整合性を取ろうとする形になってしまったのでしょう。
編集部より:この記事は茶請け氏のブログ「パチンコ屋の倒産を応援するブログ」2026年9月5日のエントリーより転載させていただきました。







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