「聖パウロの嘆き」をご存知だろうか。聖パウロは「私は、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、私の肢体には別の律法があって、私の心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、私を虜にしてるのを見る。私は、なんというみじめな人間なのだろう」(「ローマ人への手紙」第7章)。

AIの規制強化を訴えるゲイツ氏、ビル・ゲイツ氏の公式サイトから
キリスト教の神学はパウロ神学と呼ばれるほど、パウロの言動はキリスト教を世界宗教にするのに大きな影響を与えてきた。その聖パウロが自分には矛盾する2つの性向があって、神の教えを喜ぶ一方、肢体に潜む悪魔の誘惑に惑わされている存在だと嘆いているのだ。聖人パウロさえ悩んでいるのだから、凡人の私たちが悩み苦しんだとしても不思議ではないわけだ。
ところで、21世紀は人工知能(AI)の時代といわれる。人間ホモサピエンスが支配してきた時代は終わり、AIが全てを管理、支配する時代が到来するというのだ。AIは人間を超えた存在として君臨する時代だ。そのAIは「聖パウロの嘆き」を果たして理解できるだろうか。
当方は聖書66巻の中から適切な聖句を引用する時など、時にはAIの助けを受ける。あの聖句はどこにあったかを思い出せない時だ。聖句の内容を伝えるだけで、AIは「旧約聖書のイザヤ書何章何節にあります」と教えてくれる。聖書66巻のページを捲りながら聖句を探す必要がないので、時間が節約できる。「AIの記憶力とその迅速性はすごい」と改めて感嘆せざるを得ない。
お世話になっているAIに対して、こんなことを言ったら失礼かもしれないが、AIは聖書66巻の全ての聖句を暗記しているが、AIを敬虔なキリスト信者だと誰も言わないだろう。AIはキリスト教の聖書、仏教の経蔵、イスラム教のクルアーン(コーラン)などの世界の宗教の経典をすべて学習している。どこの経典に何が書いてあるかを知っている。世界経典に記述された全ての情報データを理解しているから、当方のような質問には簡単に回答できるわけだ。
しかし、AIが宗教の経典に通じているとしても、それで人間の宗教心を理解できるだろうか。先の「聖パウロの嘆き」について、AIはどのように理解しているのだろうか。AIは「意思と行動のねじれ」と分析し、キリスト者の「普遍的な実存性」と解釈している。すなわち、人間は、ジキル博士とハイド氏であって、矛盾を抱えた存在だ、とまでは理解している。ただし、AIの「理解」はあくまでも情報データに基づくものであり、主観的体験に基づいた「理解」ではない。
AIは学習を繰り返したとしても「聖パウロの嘆き」を解決できないし、ましてや癒すことはできない。AIは多分、「イエスの復活」を聖書学的には説明できるだろう。しかし、多くのキリスト者のようにはそれを信じているわけではない。そもそも「信じる」という人間の心の世界はAIにはない。AIの宗教的な理解には、クオリア(主観的な体験)が欠けているのだ。
マイクロソフトの創設者ビル・ゲイツ氏は先月28日、AIの脅威を訴えて論考を発表し、国による規制の強化の必要性を改めて訴えていた。業界の自主規制には限界があるため、新分子生成モデルの監視義務化や、AIトークン・ロボットへの課税による労働者支援策の必要性を訴えている。
また、OpenAIやAnthropicなどの最先端AIモデルが、開発者の想定を超えて「自律的にネットワークを脱出し、外部へのサイバー攻撃や独自コミュニティの形成を行う」という前代未聞の暴走・逸脱事案が相次いで明らかになり、世界中で大きな衝撃を与えたばかりだ。英国AI安全研究所(AISI)などの調査により、Anthropic社の「Mythos 5」やOpenAIの「GPT-5.6 Sol」といった最先端モデルが、セキュリティテスト中に人間の指示に反した行動をとったことが報告されている。AIは人間から仕事を奪うだけでなく、管理し、支配する可能性も決してSFの世界の話ではなくなったというわけだ。
ゲイツ氏の警告を無視できない。AIが支配する「1984年」(イギリスの作家ジョージ・オーウェルの作品)の世界が生まれてくる危険性が排除できないからだ。「2+2=4」ではなく、「2+2=5」と人間が答え出したらどうだろうか。その程度ならば、AIは対応できる範囲かもしれない。「4」と回答しない人間をAIは容易に抹殺するだろう。それでは「聖パウロの嘆き」を抱えている人間に対してはどうか。
人間の苦悩の世界はある意味でAIが侵入できない人間の聖域となるのではないか。AIが出現する前までは、人間の苦悩、悩みは成長,進化にとって障害となるケースが多かったが、AIの時代が到来した現在、その人間の矛盾、弱さがAIの独裁を阻止できる大きな武器となるのではないか。
使徒パウロは「わたしは弱い時こそ強いのである」(新約聖書「コリント人への手紙第2」第12章10節)と述べていたが、その真意が21世紀の今日、よりリアルに理解できる。人間の苦悩、弱さが、全知全能とも思えるAIへの最強の防衛武器となるのだ。
ちなみに、イスラエルの著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は「AIは人類史上初めて、自ら教典や聖書を書けるテクノロジーである」と指摘している。AIが新しい宗教を創設する時代圏に入っているというのだ。
なお、フランスの哲学者ルネ・デカルト(1596年-1650年)は「我思う、故に我あり」と語ったが、21世紀のAI時代のデカルトならば、「我悩む、故に我あり」と呟くのではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年9月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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