FIREを挫折する「お金以外」の原因

黒坂岳央です。

FIREについての是非は人によってあまりにも食い違う。

「最高の人生だ」と絶賛する者もいれば、「こんなのやるものではない」と語る者もいる。この対立は価値観の違いだと説明されることが多いが、実際に自分がFIREを経験して確信したのは、それ以上に大きな変数があると思っている。それが「FIRE歴の長さ」だ。

つまり、FIRE初期は誰しも気持ちが高揚して「最高だ」と言いたくなる。発信者はオンラインサロンへ誘導したり、メディアへの誘導目的で「最高だ」と言いたくなる。でも、本当にまったく発信も労働もせず、資産運用の取り崩しだけで生きている人でそれなりの歴を重ねるとFIREに対する見え方も変わってくる。

筆者はお金ではない理由でFIREに挫折し、労働の世界に戻った。個人の体験を踏まえて取り上げたい。

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未来に希望がない

FIREをして数年経過すると、先の人生がくっきり見える。

最初は気持ちが乱高下する資産の増減に慣れると何も感じなくなり、5年後、10年後の資産の着地点がおおよそ想定できてしまう。読めるということは、驚きも未来への希望もなくなるということだ。

そして肝心のお金の使い道も同じ経路を辿る。買いたいものはあらかた買ってしまうと、欲しいものがなくなる。そうなると、お金を使ってやりたいことがなくなり人生そのものが本当に退屈になる。

たまにFIREアカウントが「庭いじりや映画鑑賞をしていると一日があっという間で、意外と忙しい」という意見をいっているが。だが、これはまだ始めたばかりの人の感想、もしくは発信活動やオンラインサロンといったビジネスで忙しい人が息抜きでやっている活動に過ぎない。本当に何もせず、一日中遊んで忙しい人は現実には非常に少ないと思っている。

やってみれば分かるのが、いつでも見られると思うと、映画もゲームもやらなくなる。あれは忙しい社会人が、限られた休日に観る映画は貴重だからこそ楽しいのだ。つまり、時間の希少性が体験の価値を押し上げていたに過ぎない。

人生でやることが本当になくなってしまうと、未来のなさに絶望し、刺激のなさが嫌になって変化を求めて、また仕事を始めることになる。

そして仕事をやりだすと、いい意味で先が見えなくなる。毎日記事を書いていると、そこから新たな仕事のオファーが来たり、思いがけずいい人との出会いがあったりする。「これを達成するぞ」と目標も出来る。仕事で予測不能性が戻ってくると楽しいからそのまま働いてしまう。

多くの人がFIREしてもまた働き出すのは、金が足りなくなったからではなく、やることがない苦痛に負けるからだ。

孤独に苦しむ

もう一つが孤独だ。ここは避けては通れない。

FIREして人とのつながりが消えると、しばらくしてから孤独の本当の恐ろしさが見えてくる。最初のうちは快適だ。上司も取引先もいない。理不尽な要求も、意味のない会議もない。煩わしさから解放されてストレスが消える。だが、しばらく経つとストレスがないことが、一番のストレスになる。

筆者の場合、それに気づいたのは外食で牛丼屋だった。黙々と食べていると、周囲にいる会社員らしき上司と部下の会話が耳に入ってくる。かつては自分もああいう場にいて、うんざりしていたはずの会話だ。それが妙に懐かしく感じられ、人の温もりのようなものを感じてしまう。

仕事をすると、ほぼ必ず誰かとコミュニケーションを取ることになる。この強制力が、孤独の解消装置として機能していた。会社という場所は、給料を払いながら人間関係を提供してくれていたわけだ。

一方、娯楽は一人で完結する。映画も読書もゲームも、他者を必要としない。だから時間を埋めることはできても、孤独は埋まらない。

孤独耐性には個人差がある、という指摘はもっともだ。実際、一人が平気な人間は存在する。だが、どれだけ耐性がある人でも、5年、10年と経過してずっと一人でいれば心を病んでいく。「自分は孤独に強い。一人がいい」と言っているような人でも、SNSで人との交流を求めるという発言と行動の矛盾になって出る。

時代に取り残される焦り

FIREして時間を持て余すと、ニュースやSNSを見る時間が増える。そうなると忙しい頃には見えなかった世の中のトレンドが次々と流れてくるようになる。

そしてこれが焦りにつながる。新情報は入ってくるのに、使う機会がない。自分が取り残されている感覚になる。

かつて自分がやっていた仕事の領域を見ると、アップデートが進んでいて分からないことが増えていく。最近であればAIもそうだろう。実務で毎日触っている人間と、記事で読むだけの人間では、半年で決定的な差がつく。仕事をやらないと使う機会がないので、社会のトレンドとの乖離が加速していく。

そしてこの乖離は、資産を作ってFIREを達成するような自己管理力が高く、仕事ができる人間ほど恐怖として体感される。自分の知識が古びてオワコンになっていく感覚は、資産が減っていく感覚よりも恐ろしいのだ。

結局、頭の体操の代わりとして手を動かすようになり、そのまま仕事に戻ってしまう。

FIREを挫折する原因は、資産の計算ミスもある。だがそれがすべてではない。

労働が提供していたものはお金だけではなかったのだ。人生の未来、他者とのつながり、時代のキャッチアップなど給与明細には載らないが、人間の精神を支えてくれていた。

FIRE後にまた働き出す人は、失敗したというより一度失ったものを取り戻すためなのだ。

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Z世代を甘やかすな」(著:黒坂岳央)

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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