- 日本政府が巨額の債務を抱えながら低金利で「借りっぱなし」にできた背景には、家計の預金と企業の内部留保という民間の貯蓄過剰があった。
- その仕組みは銀行の国債保有と日銀の大量購入で強化され、インフレ下では預金者の実質資産を減らす「インフレ税」として機能してきた。
-
今後、預金者が海外資産などへ資金を移して金利が上昇すると「借りっぱなし」を支えた構造は崩れ、円安や財政負担が表面化するおそれがある。
日本政府の債務残高はGDP比で200%を超え、先進国の中でも突出して大きい。この数字だけを見ると、日本はいつ財政危機になってもおかしくないように見える。「財政が破綻する」とか「ギリシャより危ない」といったホラーストーリーが繰り返されてきた。
しかし日本の国債金利は上がったとはいえ、まだ10年物で3%弱で、G7ではもっとも低い。日本政府がGDP比で先進国最大の借金を維持できた最大の理由は、日本経済に膨大な貯蓄過剰があり、その資金が銀行を経由して国債に流れ込んだからである。
民間の貯蓄過剰を政府が吸収した
このシリーズでも紹介したように、企業の貯蓄過剰(投資不足)が日本経済の長期低迷の原因だが、これは1998年以降の現象である。それに対して家計の貯蓄過剰は戦後ずっと続いている。
日本の家計金融資産は2200兆円を超えるが、そのうち現金・預金が約1100兆円を占める。これほど大量の資金が、ほとんど金利のつかない銀行預金に置かれてきた国は先進国にはない。
なぜこうなったのかは、経済学者にもよくわからない。日本人のリスク回避的な傾向は国際的な比較研究でもみられるが、貯蓄率が高まったのは戦後の現象である。これは財閥が解体され、日本の資本市場が銀行中心の間接金融になったことが一つの原因だろう。
戦後ずっと預金金利は規制され、銀行は低利の資金を企業に融資した。日本経済が焼け跡から立ち直る上で、資本蓄積が重要だったので貯蓄が奨励され、日銀には貯蓄増強中央委員会が置かれた。これは日銀が全国に配った貯金箱である。

Yahooオークション
このため企業の資本コストは低く、それを設備投資して高度成長した。1985年の金融自由化で預金金利が上がったが、家計貯蓄率はほとんど変わらなかった。企業の大口定期預金の金利が上がったため、銀行がハイリスクの不動産融資に手を出す原因になった。
バブル期には株式を買う家計が増えたが、それが崩壊したあと貯蓄率はまた上がった。2000年以降は高齢化で家計貯蓄率が下がったが、それを補うように1998年から企業貯蓄が増えたので、全体としての貯蓄率の高さは変わらない(2020年はコロナによる特異値)。

社会実情データ図録
企業貯蓄率が上がった原因は、不良債権の処理で過剰債務が削減され、デフレになったことだ。デフレで貯蓄が増えるのは、合理的な資産選択として理解できる。
実質金利=名目金利-物価上昇率
だから、物価が下がるときは現金の実質金利はプラスになる。これによって日本人の貯蓄過剰は強まり、斉藤誠氏のいう貸しっぱなしになった。銀行はその預金を融資しなければならないが、バブル崩壊後、企業は貯蓄主体になり、内部留保を積み上げた。
マクロ経済では、誰かが貯蓄すれば、別の誰かが借りなければ資金は循環しない。家計も企業も貯蓄すると、借りるのは政府しかない。1990年代以降、日本政府が巨額の財政赤字を積み上げた背景には、景気対策や社会保障費の増大だけでなく、こうした民間部門の貯蓄過剰があった。単純化すると、
国民の預金 → 銀行 → 日本国債 → 政府
という資金循環が形成された。銀行から見れば、預金はどんどん集まるのに企業の借入需要は弱い。そこで巨大な運用先になったのが国債だった。政府にとっては都合のよい構造である。海外投資家に高い金利を払わなくても、国内の家計から銀行に流れ込む資金によって国債を消化できる。
新興国なら財政赤字が拡大すると海外投資家が逃げ、国債金利が急騰して通貨危機になるが、日本では巨額の貯蓄が政府債務を支え、政府はほとんどゼロ金利で借りっぱなしにすることができたのだ。
続きはアゴラサロンでどうぞ(初月無料)







コメント