私の知り合いが日本でドローン開発を推進するために政治家に必死に働きかけています。アプローチは「わが社でこんなことをしようと思っているのでご支援を…」であります。政治家は「そりゃ凄いですね。是非とも頑張ってください」で実際には何もしてくれていないようです。それは政治家も未熟、未完成の事業に対して特定の業者にテコ入れすれば不公平感が出てすぐさま、パブリックがやんや言うので踏み込めないことはあるのでしょう。
利益誘導目的の政治家への陳情は多かったと理解しています。今でも陳情は多いと聞きますが、自分だけよければ、という陳情はもはや出来ません。では政府と民間の関係はどうやったら作れるのでしょうか?

政治は変われるのか 高市首相 自民党HPより
防衛装備庁が実施する「迎撃ドローン早期取得プログラム」においてテラドローン社が開発する「TerraB1」が実証実験を通過し、量産に入ると報じられています。この決定では少なくともブラックボックスによる業者と政治家の癒着やねじ込みはないようです。今回のプロセスではドローン製造会社が38社も参加する中、テラドローン社だけが勝ち抜いたのです。
なぜか、といえば他の会社はほとんどが机上の製品であるのに対してテラドローン社はウクライナのドローン会社2社を傘下に置き、その子会社は戦場で実戦で使っているのです。故にその評価も実績も全部あるので評定者も文句をつけにくい、というのが答えであります。
私の知り合いのプロジェクトとテラドローン社の違いは訴える力が違うのです。官の人は「どうしたらよいかわからない、行動できない、決断できない」の三拍子が揃っているのです。同じように政治家も同じ。政治家なんてコネと人間力だけであって新しいことを生み出す想像力を持ち合わせている人は少ないし、政党政治において一人の政治家の力など知れているのです。ならば政治家も役人も誰かが作った「おっ!」と言わせる製品やプランを見せることでしか殻を破れないのであります。
私は100回繰り返して言ってもよいですが、役人は前例主義、よって役人が新しいことを生み出すことはありません。
では時たま聞こえる地方都市での様々な新たな取り組みとはなにか、といえば民間主導なのであります。
カナダではP3(Public-Private Partnership)の取り組みが非常に多くなっています。これは官民共同プロジェクトと称するもので日本でも最近は増えてきていると認識しています。ただ、スタンスがかなり違うのです。カナダでは役所と事業者が対等であり、双方が持っていない力を相互補完により機能させる意識が強いのです。
私がこちらで許認可プロセスを役所と交渉するとき、いつも思うのは役所は「お上ではない」のです。役所に許可の申請をした時点で双方、テーブルに着き、交渉を開始するという意味合いになるのです。私の印象は役所も事業家なのであります。例えば規定で決まっている許認可の許容範囲に対して民間側が「そこを何とか…」というシーンは多いと思います。その際、ごり押しした政治家を使うのではなく、民間側が「ディールをしましょう」と持ち掛け、役所はそれに応じるのです。
不動産開発の例ならばAという場所に50階建ての建物を建てたいのだが、許可上は45階までしか建たないとします。そこでBという場所に所有する自社物件の容積率の一部をAに移してくれないかとディールを持ち掛けるのです。役所は「ならば、更に交換条件として、Bの土地には低所得者住宅を建てよ」というわけです。つまり完全な取引なのです。これが日常的に行われています。何故これができるのか、というと既存の土地用途規制を外してディールにて条件交渉ができる状態、リゾーニングというのですが、が容易だからです。私も当地で2度、リゾーニングをしていますが、基本は金銭的ないし、義務工事的なギブアンドテイクの思想であります。
日本の役所は一度決めたルールは基本的には変えられません。欧米のようなルールの運用をすればどういうことだ、と怒鳴り込んでくる輩が多く、パブリックサーバントである役人には「そんなこと、できません」の1点張りになってしまうのです。これが日本における絶対的な前例主義であります。
ですが、上述のドローンの話は急速に変化する世界情勢を受けて前例がない話なのです。その時、役所はうろたえるのです。どうしようか、と。今日のタイトルは民間力を導入せよ、という意味です。
日本は歴史的背景から「奉行」は絶対的権力を持っていたのです。その名残が今でもあるわけです。それが許認可発出の権限です。欧米でも同じですが、欧米はウィンウィンになるなら話を聞こうじゃないか、という姿勢を持っているのです。ということは民間も当然様々なアイディアを考え、時として奇抜なことも提案するわけです。議会の最終的判断とはディールした結果、役所にとってもメリットある、つまり結果として市民に便益があればそれでよいじゃないか、という発想なのです。
もちろん、この官民共同事業的な発想がとん挫した例もあります。それが三菱商事が秋田沖に計画した洋上発電施設事業です。入札で圧倒的安値で同社が全事業を落札、当時は凄い、と話題になったもののしばらくして「できません。撤退します」と発表したのです。役所は撤退ペナルティとして200億円の保証金没収および次回以降の入札参加禁止になったのです。ではこれは三菱商事だけが悪かったのか、と言えば役所も失敗だったのです。他社の落札額に対して論外の価格を入れたわけですが、それが実現可能か、の調査を十分しなかった故の失敗だと思うのです。つまり官が民に完全に乗せられたケースです。これも結局官側の判断能力がなかったことを如実に示しているとも言えるのです。
よって今後、民間主導であることは間違いないのですが、官がもっと賢くなる、そして「攻める官の経営」をすべきだと思います。官は役所ではなく、事業体だという意識を持つべきだと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年9月7日の記事より転載させていただきました。







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