人口減少を前提に国家を再設計する

島澤 諭

厚生労働省が2026年6月3日に公表した2025年の人口動態統計概数は、日本の人口減少が一段と深刻な局面に入ったことを示した。国内で生まれた日本人の子どもは67万1236人にとどまり、前年から1万4937人減った。出生数は10年連続で過去最少を更新し、合計特殊出生率も1.14と過去最低になった。死亡数が出生数を大きく上回る自然減も続いており、人口減少は一時的な変動ではなく、日本社会の前提条件になった。

しかも、その進行は従来の想定を上回っている。予測された未来が、前倒しで現実になっているのである。

この現実を前に、政策論議はいまなお「人口減少をどう止めるか」に集中しがちである。もちろん、子どもを産み育てやすい環境整備は不可欠である。しかし、出生数を増やす政策の効果が労働力人口や社会保障制度に本格的に表れるまでには、少なくとも20年から30年を要する。2025年出生数の急減が示したのは、出生率対策だけでは目前の制度的危機に間に合わないという事実である。

一方で、社会保障、医療、介護、交通、上下水道、学校、自治体行政の維持困難はすでに各地で現実化している。人口が減るだけではない。納税者、担い手、利用者が同時に減り、地域の密度も低下する。これまで当然とされてきた公共サービスの前提が崩れつつある。

したがって、いま必要なのは、人口減少、高齢化、労働供給制約を前提にしても、国家と地域の基本機能を維持できる制度設計である。出生数67万1236人という数字は、少子化対策の失敗を示すだけではない。日本が「人口が増える社会」を前提にした制度から、「人口が減っても機能を維持する社会」へ移行しなければならないことを告げる警告なのである。

「全部を守る」は、結局何も守れなくする

人口が増えていた時代の制度は、拡大を前提につくられてきた。道路を造り、学校を造り、病院を造り、公共施設を造り、補助金をつけ、制度を増やし、対象者を広げ、地方にフルセットの行政機能を配置してきた。

しかし人口が減り、担い手が減り、税収の基盤が細り、利用者も減る社会では、この発想は維持できない。問題は単に「予算が足りない」ということではない。医師・看護師・介護士・教員・バス運転手・土木技術者・公務員といった公共機能の担い手そのものが不足していくことである。お金を積めばすべてを維持できる時代ではなくなる。

そのとき「すべての地域にこれまで通りのサービスを残す」という政治的約束は、むしろ不誠実になる。必要なのは、何を絶対に守るのかを先に決めることである。そのうえで、守るべきものを守るために、集約するもの・縮小するもの・撤退するものを明確に分ける。これは弱者切り捨てではない。限られた財源と人員を、最も守らなければならない機能に集中するための制度設計である。

国家が最後まで守るべき四つの機能

人口減少社会においても、国家が維持すべき機能はある。

第一に、子どもの人的資本形成である。どの地域に生まれても、一定水準の教育・医療・福祉にアクセスできることは国家の根本的責任である。

第二に、最低生活保障である。年齢や居住地にかかわらず、所得・資産・健康状態・家族状況に応じて最低限の生活が保障されなければならない。

第三に、移動と通信の権利である。高齢者・障害者・子ども・低所得者にとって、公共交通とデジタル接続は生活インフラそのものである。

第四に、生命と安全に関わる公共機能である。防災・治安・救急・感染症対応は、人口密度が下がっても消滅させることはできない。

問題は、これら四つを守るために何を畳むかである。人口減少社会では公共サービスを三つに分ける必要がある。絶対に維持する機能、集約して維持する機能、撤退・縮小・民間化する機能である。この順序が重要である。撤退が目的なのではない。守るべき機能を守るために、撤退が必要になるのである。

財政は「恒久支出には恒久財源」を原則に戻すべきである

人口減少社会で最も危険なのは、恒久的な支出を赤字国債で賄い続けることである。将来の納税者数が減っていく以上、社会保障・子育て・地方維持・インフラ更新の恒久財源を借金に依存することは減りゆく将来世代への負担転嫁にほかならない。財政制度には「恒久支出には恒久財源を対応させる」という原則を明記すべきである。目的を失った政策経費は自動的に失効させ、補正予算を恒常的な歳出拡大の抜け道にしない制度的歯止めが必要である。

各省庁や自治体の予算要求には、将来人口・利用者数・担い手数の見通しを反映させるべきである。児童数が減る地域の学校予算、患者数が減る地域の病床整備、乗客数が減る路線への交通補助、人口密度が低下する地域のインフラ更新について、将来人口を反映した査定を義務づける。現在の予算制度はしばしば「昨年度の延長」で組まれるが、人口減少社会では昨年度の延長こそが最大の非合理になる。

財政判断の政治的独立性を高めることも不可欠である。英国の予算責任庁(OBR)や韓国の国会予算政策処(NABO)のように、政府から独立して財政見通しを検証する機関を日本にも設けるべきである。政府の財政見通しに対する独立試算、世代別の受益と負担の定期公開、予算審議における独立機関の意見聴取を制度化することで、短期的な多数決が財政の持続可能性を損なう構造に歯止めをかける。

社会保障は「年齢」から「必要度と負担能力」へ移す

社会保障制度の最大の問題は、給付の基準が年齢に偏りすぎていることである。国立社会保障・人口問題研究所の社会保障費用統計によれば、2023年度の社会保障給付費は135兆4928億円であり、内訳は年金56兆3936億円、医療45兆5799億円、福祉その他33兆5192億円である。この規模の制度を現役世代の保険料と将来世代への借金に依存して維持し続けることは困難である。

年金については、平均寿命・健康寿命の延伸に合わせて支給開始年齢を見直す必要がある。マクロ経済スライドは完全に機能させ、高所得高齢者への給付調整も強化すべきである。年金の性格は「老後の生活水準を幅広く保障する制度」から「老後の最低所得に限定して保障する制度」へと明確に移行させる必要がある。

医療については、すべての地域で同じフルセット医療を維持することは難しい。高度医療は集約し、地域には一次医療・在宅医療・救急搬送・オンライン診療を組み合わせて配置する。医療アクセスを守ることと、すべての病院を残すことは同じではない。

介護については、より根本的な見直しが必要である。介護保険制度が守るべきなのは介護サービス全体ではなく、市場・家族・地域では代替できない生存保障機能である。この区別を曖昧にしたまま「介護は守る」と言い続けることが、最も重い支援を必要とする人への資源配分を圧迫してきた。

そのために介護給付を三層に分けるべきである。

第一の生存保障層は、重度・独居・低所得・認知症・虐待リスクなど、放置すれば生命や尊厳に関わる層であり、ここに公費を集中すべきである。

第二の生活支援層は、掃除・買い物・調理・見守りなど生活維持に必要だが家族・地域・市場との役割分担を明示すべき領域である。

第三の生活快適層は、利便性・快適性を高めるサービスであり、原則として自己負担・市場・NPO・地域互助に委ねる領域である。

厚生労働省の介護給付費等実態統計によれば、2023年度の介護サービス費用額は約11兆5139億円であり、介護保険導入時(2000年度)の約3.6兆円から3倍超に膨張している。介護保険が家族の無償労働を社会化した意義は大きい。

しかしその範囲を際限なく広げれば、最も重い支援を必要とする人に資源が届かなくなる。だからこそ介護は「何でも公費」から「生存保障への集中」へ移す必要がある。

労働市場は「雇用を守る」から「付加価値を高める」へ

人口減少社会では、雇用者数を増やすことだけを政策目標にすることはできない。必要なのは、一人当たり付加価値を高めることである。低生産性企業を補助金で延命させる政策は、労働力を非効率部門に固定する。最低賃金の引き上げ、中小企業の再編、事業承継、省人化投資を組み合わせ、労働力をより生産性の高い分野へ移す必要がある。

労働市場改革で避けて通れないのが、解雇規制の透明化である。日本の労働契約法16条は、解雇に客観的合理性と社会通念上の相当性を求めている。この原則は、不当な解雇から労働者を守るために不可欠であり、維持されるべきである。問題は、解雇の可否や解決金の水準が事後的な裁判や和解に大きく委ねられ、企業にも労働者にも見通しが立ちにくい点にある。

したがって必要なのは、単純な「解雇自由化」ではない。解雇理由、手続、補償、再就職支援を明確化し、不当な解雇を防ぎつつ、やむを得ない雇用終了については透明なルールの下で処理できる制度である。

整理解雇については、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、説明・協議手続を明確化し、普通解雇についても改善指導、配置転換、職務再設計の履歴を重視する。あわせて、解雇無効時の金銭救済制度についても、労働者側の選択肢を増やす制度として検討すべきである。厚生労働省では、解雇無効時の金銭救済制度について法技術的論点の検討が行われ、報告書も取りまとめられている。

雇用を守ることは重要である。しかし、企業の中に人を固定することと、働く人の生活を守ることは同じではない。人口減少社会で守るべきなのは、特定企業への在籍そのものではなく、所得、技能、再就職可能性、生活の安定である。失業給付、職業訓練、リスキリング、再就職支援を強化し、労働者が衰退産業から成長産業へ移れる仕組みを整えなければならない。

高齢者については、70歳前後まで働くことを標準的な選択肢にする必要がある。これは「死ぬまで働け」という意味ではない。働ける人が働き続けても不利にならないよう、年金、税、社会保険の制度を組み替えるということである。

地域政策は市町村単位から生活圏単位へ移す

人口減少社会で、すべての市町村がフルセットの行政機能を持つことは不可能である。消防・上下水道・病院・学校・介護・行政システム・公共交通は、市町村単位ではなく生活圏単位で再編すべきである。住民にとって重要なのは役場の建物が近くにあることではなく、必要な行政サービスに確実にアクセスできることである。

居住政策も見直しが必要である。「どこに住むか」は個人の自由である。しかし「どこに住んでも同じ公共サービスを同じ費用で受けられる」という約束は人口減少社会では維持できない。

人口密度が著しく低く今後さらに大幅な減少が見込まれる地域については、インフラ更新対象外区域を明示し移転支援を制度的に提示すべきである。強制移住ではない。住み続ける自由は尊重される。しかし行政は「将来も同じサービスを維持できる」と曖昧に約束してはならない。水道・除雪・道路補修・公共交通・救急搬送にどの程度の水準を提供できるのかをあらかじめ明示することが、住民への誠実さである。

インフラは「造る制度」から「畳む制度」へ

人口増加期の日本はインフラを造ることで成長してきた。しかし人口減少期に必要なのは造る制度ではなく畳む制度である。

新しいインフラを造る場合には、建設費だけでなく維持管理費・更新費・撤去費まで含めたライフサイクルコストの財源を事前に確保すべきである。老朽インフラについては「更新」「縮小」「廃止」に分類して管理し、利用率が著しく低く修繕費が高くなっている施設は自動的に廃止候補としてリスト化し議会で審議する仕組みを設けるべきである。

教育も同じ原理が働く。守るべきなのは学校の数ではなく教育の質である。児童数が大きく減少した地域では、学校統合・遠隔授業・スクールバス・圏域単位の教員配置を組み合わせる。

大学についても、入学定員を大きく割り込む状態が続く大学を公費で維持し続けることは難しい。研究大学・職業教育大学・地域人材育成大学へと機能分化を進め、教育機関としての質を基準に再編すべきである。

税制は現役世代偏重から資産・消費・金融所得へ

現役世代の所得税と社会保険料に負担を集中させることは限界に近い。今後は消費課税・資産課税・金融所得課税へと重心を移す必要がある。

高齢世代には所得は少なくても資産を持つ層が多い。一方、若年世代や子育て世代は所得から社会保険料を負担し、住宅費や教育費も抱える。負担能力を正確に見るには、年齢ではなく所得・資産・金融所得を総合的に把握する必要がある。

相続税・贈与税の再設計、固定資産税評価の実勢への接近、社会保険料の賦課ベースへの金融所得の算入は、避けて通れない論点である。

子ども政策は「出生数」ではなく「人的資本」を目標にすべきである

出生数の増加を政策目標に置くと「何人産ませるか」という発想になりやすい。しかし子ども政策の本来の目的は、生まれた子どもが健やかに育ち、十分な教育と経験を得て自立した人生を送れるようにすることである。したがって子ども政策は出生数とは切り離して考えるべきである。

重点を置くべきは、ひとり親家庭・貧困・障害・虐待リスク・外国につながる子ども・不登校・ヤングケアラーなど支援の必要度が高い子どもである。乳幼児期からの支援・保育の質・医療と福祉と教育の連携に資源を集中すべきである。

子どもの数が減るからこそ、一人ひとりの人的資本を最大化する必要がある。

「撤退」を政治判断から制度判断へ移せ

人口減少社会で最も難しいのは撤退である。学校の統合、病院の再編、バス路線の削減、公共施設の廃止、集落インフラの更新断念、補助金の打ち切り。いずれも政治的反発を招くから先送りされる。しかし先送りされればされるほど財源も人員も消耗し、最後には本当に守るべき機能まで維持できなくなる。

撤退はその時々の政治判断に委ねるのではなく、制度判断に移すべきである。利用者数・人口密度・維持費・更新費・担い手数・代替手段・災害リスクについてあらかじめ数値基準を定め、基準に該当した場合には自動的に再編・縮小・廃止の審査に入る。審査結果は公開し、住民参加の手続きを経る。

撤退を密室で決めることが目的ではない。撤退条件を事前に明示し、手続きを透明にすることである。

冷徹さとは、弱者を切り捨てることではない

人口減少社会の制度設計とは、人口が増え続けることを前提につくられた制度を手直しし続けることではない。人口・労働力・税収・地域密度が減ることを前提に、国家の運営単位そのものを組み替えることである。その核心は「全部を守る」という建前をやめることである。守るべきものを先に決め、そのために集約し、縮小し、撤退する。この順序を間違えてはならない。

赤字国債で恒久支出を先送りすること、利用者が減った施設を残し続けること、人口減少を無視して予算を膨らませること、自治体ごとのフルセット行政に固執することは、いずれも現在の政治的摩擦を将来世代に押しつける行為である。

冷徹さとは感情を捨てることではない。守れないものを守れるかのように語る政治をやめることである。守るべきものを守るために守れないものを明示的に畳み、その判断を数値・時間・手続きに基づく制度として設計することである。それは弱者への冷淡さではなく、弱者を含む将来世代に対する最大限の誠実さである。


編集部より:この記事は財政学者・島澤学氏のnote「市民経済論で読む日本」2026年9月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は島澤学氏のnote「市民経済論で読む日本」をご覧ください

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