
結論から書く。初対面でやることは1つでいい。挨拶。それだけ。あとは全部捨てていい。
採用の仕事で、私は1万人を超える候補者と会ってきた。その経験から言うと、面接の合否はだいたい最初の数秒で傾いている。ドアが開いて、声が聞こえる。その時点で頭の中の針はもう片側に振れている。残りの30分は、その針が正しかったことを確認する作業だ。
『発達障害・グレーゾーンかもしれない人の時間術』(中村郁 著)新星出版社
こう書くと必ず反発される。人を数秒で判断するなんて不誠実だ、と。ごもっとも。私もそう思う。思うが、事実は事実である。理想を語っても、明日の面接は変わらない。
で、本題。ナレーターの中村郁さんの文章を読んで、膝を打った。
この方は極度の人見知りで、初対面が死ぬほど苦手だという。ところが仕事は局を越えて番組を渡り歩くナレーター。毎日「はじめまして」の連続である。蚊の鳴くような声で挨拶し、そのあとの雑談タイムは頭が真っ白。喋れない自分に落ち込む。新人時代はそんな毎日だったそうだ。生き地獄、と書いている。この言葉、飾りではないと思う。
それで彼女がどうしたか。苦肉の策として「挨拶だけは自分から先にする」と決めた。目が合った瞬間に声を出す。一瞬の隙も作らない。そして——ここが肝心なのだが——それ以外を考えるのをやめた。雑談タイムは手放す。無理に喋らず、ただ静かに笑っている。
結果、挨拶しかしていないのに、周囲から「元気で明るい人だよね」と思われるようになった。
笑い話のようだが、理屈は通っている。人は情報の総量で相手を評価していない。最初に飛び込んできた一番強い信号で、勝手に人物像を作る。先に明るい声が来れば、その後の沈黙は「落ち着いている」に化ける。逆にもじもじが先に来ると、何を喋っても「無理をしている人」になる。順番の問題だ。能力の問題ではない。
そういえば議員秘書をしていた頃、永田町も挨拶の世界だった。廊下ですれ違う。中身のある会話などない。それでも挨拶をしない人間は、確実に「あいつは」と言われていた。話を戻す。
発達障害の有無に関係なく、相手が挨拶してくれるのを待っている人は驚くほど多い。待ち組ばかりなのだから、先に出したほうが得に決まっている。中村さんは、相手からチャンスを奪うゲームだと思えば楽しいと書いていた。この感覚、いい。
ここまで書いて、少し腹が立ってきた。何にか。挨拶を教えるあの手の研修に、である。笑顔で、明るく、目を見て、名前を添えて、一歩踏み込んで——どれだけ課題を出せば気が済むのか。苦手な人間には、全部やれば全部できない、という話にしかならない。1つに絞れと言ってやるほうが100倍親切だ。マルチタスクが苦手な人に、マルチタスクで攻略しろと教えている。指導ではない。追い詰めである。
空気を読むのが苦手なら、いっそ壊してしまえばいい。がんばることを1つに絞る。手持ちの少ない集中力を、一番効く場所に全部つぎ込む。これを戦略と呼ばずして、何と呼ぶのか。
※ここでは、本編のエピソードをラノベ調コラムに編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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