この5-6年、世界では着実に右派が影響力を伸ばしてきています。つい10年前はグローバル社会があたりまえのように唱えられていたのにこれほど短い期間に逆転傾向が明白になるとは正直驚きとも言えます。世界中の人々の心は何故変わってしまったのでしょうか?
グローバル化の象徴は人、モノ、マネーの移動が地球儀ベースで活発になり、各種規制を緩めることで国家間だけではなく、国内でも経済が活動的になったことがあると思います。ところが緩くなれば当然、何らかの弊害が生じます。そして弊害により不利益を被った人たちは外にその理由を求め、政治的に緩和的措置を撤廃し、より規制を厳しくしたいと考えます。
かつての労働者の味方といえば社会主義派、つまり左派でありました。しかしそれら労働者は左派を信用できなくなり、右派に頼り始めます、「外国人を締め出せ」と。非常に平たく言えば、左派の政策は全ての人を受け入れ平等な社会を作る、でした。ところが、そんなことはグローバル化の実験の結果、達成できなかったのだ、だから規制社会を作り自分たちに有利な制度を取り込め、という風潮に変わったのでしょう。
トランプ氏はまさにその王道を歩んでいるわけですが、トランプ氏がそのトレンドを作ったのではなく、地球規模で進みつつあった反グローバリズムの流れに氏の極端なボイスや政策が一部国民に受け入れられ始め、今では強い基盤を作り、更にそれが海外諸国に伝播したとも言えないでしょうか?
近年の欧州。イタリアが生んだ極右出身のメローニ首相は連続在任期間が第二次大戦後最長となりました。あのイタリアで安定政権を生んだのは左派ではなく、保守的思想による国民の保護と規制的社会の再構築でありました。フランスではルペン氏率いる極右が着実に浸透し、次期大統領選では相当有力になっています。ドイツでも極右のAfDが伸びてきています。英国ではリフォーム党のみならず、極右のリストア党も立ち上がっています。オーストラリアでワーキングホリディの数を規制することになりましたが、これは労働党である現政権が本心とは別にそうせざるを得ない一部国民からの強い圧力があったものでしょう。

AfDアリス・ワイデル党首とトランプ大統領 両氏SNSより
この右派ブームのもう一つの背景は世界経済に於いて新興国が一定の経済成長を遂げつつあり、自我の目覚めが起きていることも関係しているかもしれません。インドではヒンドゥ ナショナリズム、南米ではブラジルやアルゼンチンにおける反動的動きなどが見られます。
個人的には第二次大戦後、世界中で民族自決、国家独立が続出したあの時と重なる部分を感じます。新興国はもはや先進国に劣後しないのだと。この象徴がG20の創設であったとみています。G20はもともとは1999年に出来ていますが、サミット形式になったのは2008年で09年1月に大統領になったオバマ氏が強くそれを推進しました。氏の名言の一つ「アメリカは世界の警官ではない」が世界をフラットにする一方、行き過ぎたグローバル化を生み出した可能性は大いにあるのです。英国でEU離脱が盛り上がり始めたのは2016年でした。こうみると2010年代は時代の変換期にあり、20年代はそれが具現化している時代だとも言えないでしょうか?
タイトルに「右派ブーム」と書かせていただいたこのブームとはいつか必ず廃れるという意味が含まれます。ではいつそれが変わるのか、それは衝撃的で世界中の人のマインドが変わるような事実が起きた後、10年程度の年月をかけてゆっくり変わるのだろうと思います。つまり右派ブームとか左派ムーヴメントは2-30年以上の長いスパンで動くと考えています。
日本はその典型でした。戦後直後から50年代の保革による戦いをへて、60年代の高度成長が保守化を押し出し、バブル時代までは続きます。バブル崩壊後に30年以上の苦しい時代があり、そのボトムが民主党政権時代でした。そこから安倍政権が保守への道を回復させ、今の政権はその王道を謳歌しているわけです。よって野党が野合にもならないのは時代の趨勢とも言えるわけです。先日のブログで「野党は与党のアドバイザー」と申し上げたのはそれ以上、何の期待も見いだせない国民感情がそこにあるとも言えます。
では保守のブームは何処まで行くのでしょうか?基本的には破綻するまでです。戦争破綻か、経済破綻か、環境破綻か、思想的破綻かそれは分かりません。戦争をやめないプーチンとゼレンスキー両氏がもたらす悲劇なのか、トランプ氏がもたらすアメリカの没落なのか、氷河が崩落し嵐が起き、異常気象によって更なる犠牲者を見ることなのか、わかりません。が、人間はそれぐらい鈍感なのであります。そして自我=自己満足であり排他的になるのです。
私は決して面白い時代だとは思いません。私は保守とか革新という枠組みは嫌いです。人間が持つ考える力、学ぶ力は画一的な枠組みで捉えるべきではないはずです。形而上的な捉え方に進化してもらいたいのです。それには大きな犠牲を伴いながら次の風が吹くまで待つしかないのでしょうか。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年9月9日の記事より転載させていただきました。







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