英国版「神武天皇の征服絵巻」バイユーのタピスリー特別展にロンドンっ子も大興奮

大英博物館での『バイユーのタピスリー(タペストリー)』特別展が9月10日から始まり、美術品の展覧会としてはかつてない異様な興奮に包まれている。

厳密には織物(tapestry)ではなく、亜麻布に色毛糸で刺した全長約70メートルの刺繍である。

大英博物館 「バイユーのタピスリー」展 公式サイトより

ウィリアム征服王を描いた70メートルの「絵巻」

イングランドでは5世紀にアングロサクソン人の7王国があったが、829年にウェセックス王国のエグバード王が国土を統一し、イングランド王国が成立した。しかし、強力な王権は成立せず、デーン人の侵入などもあり、女系などでつながったエドワード懺悔王に至った。

だが、エドワード懺悔王の継承をめぐる争いの中で、ハロルド王が即位したが、親戚のフランスのノルマンディー公国のウィリアム1世(1066~1087年)が異議を唱え、イングランドを征服した。このあたりのハロルドの渡仏、ノルマンディー公ウィリアムとの関係、ハロルドの即位、イングランド上陸、ヘイスティングズの戦いとその死までを連続画のように描いたのがこのタピスリーだ。ハレー彗星なども登場する。王妃マティルドの注文と言われてきたが、異説もある。制作年代は征服直後の1070年代とみられる。

ウィリアム1世は本拠をロンドンに移さず、ノルマンディーに主に住んだので、王と王妃の墓はカーンという大学都市にあるし、このタピスリーもバイユーというノルマンディーの地方都市の聖堂で伝えられ、現在は美術館にある。

その美術館が改修されるというので、その期間を利用して、大英博物館で公開されることになった。フランスでは文化財保護の観点から猛反対もあったが、マクロン大統領が英仏関係修復のために反対を押し切った。

ウィリアム1世は英国にとっての「神武天皇」

英国では何度も王朝が交代していると勘違いしている人が多いが、あくまでもこのウィリアム1世から男系が原則だが、王子やその子孫がいなかったら王女やその子孫に継承するというノルマンディー公家の伝統を守っているだけだ。

つまりウィリアム征服王とその前のエドワード懺悔王とかその先祖のアルフレッド大王とはつながっていないので(実際はのちにアルフレッド大王の血も女系でつながっているのだが、継承論理としては関係ない)、このウィリアム1世こそが日本の皇室にとって万世一系の出発点である神武天皇にあたる。

つまり、神武東征の模様を皇后の注文で刺繍の巻物にしたようなものだから、中世史としては、驚くべき貴重な資料だ。美術評論家ジョナサン・ジョーンズは、「驚愕させ、興奮させ、恐怖させる傑作」「大地を揺るがす」と評している。

内覧会には、国王夫妻とマクロン大統領夫妻がそろい、チャールズ国王は貸与を英仏の「entente amicale(親しき協商)」の象徴と表現し、「布と毛糸以上のもの」で英仏・欧州の歴史そのものだとした。

英国での熱狂ぶりは異例で、100万人以上の来場が予想され、Guardianには、チケットを取れなかった人々の「Bayeux FOMO(見逃す恐怖)」を扱う記事まで登場している。

日本の皇室が持つ世界的にも貴重な系譜

国家はその歴史を誇る。ヨーロッパでもっとも古い王家は、デンマーク王家とされるが、あまりはっきりしないうえに、継承も複雑であり、実質的には英国の王室がもっとも長い歴史を誇り、だからこそ有り難みがある。

まして、日本が3世紀の大和統一、4世紀の統一国家成立から独立と統一を維持し、しかも、大和を統一した崇神天皇の9代前に大和に定着したイワレヒコ(神武天皇)までかなりの信頼度で男系男子の系譜を遡れることは、世界からみて羨望のまとなのである。

大英博物館所蔵 明治時代に制作された『御世太平 神武天皇』 大英博物館公式サイトより

文字のない時代のことであるから、100%確実であるなどとはいえないが、7世紀あたりからはそのような歴史観が確立しており、国際的にも10世紀に僧粛然が宋の太宗に披露して感嘆されている。

最近のヨーロッパでは今後生まれる子については、多くの国で男女平等にすることになったが、これまでは英国でも、少なくとも男系男子で継承できるならそうすることになっていたわけだし、ヨーロッパ以外では女王を認めるところは事実上ない。

そんな貴重な財産を、ヨーロッパ諸国でもやらない、成人した皇族の順位変更などという非常識な暴挙をして放棄するなど馬鹿げている。

そのあたりは、『誤解だらけの皇位継承の真実(増補改定版)』(清談社)でも詳細に論じたところである。

王朝名が変わっても続く英国王室の系譜

ところで、英国における王家の変遷だが、大雑把には、ノルマン家(フランスに住むノルマン人)→プランタジネット家(西フランスの貴族。リチャード獅心王など)→チューダー家(ウェールズにルーツ。エリザベス女王など)→ステュアート家(スコットランド王。チャールズ1世など)→ハノーヴァー家(ドイツ。ヴィクトリア女王など)→ザクセン・コーブルク・ゴータ家(ドイツ。ウィンザー家と改称。ヴィクトリア女王の夫の家名。エリザベス2世など)と来て、エリザベス女王の死後はマウントバッテン家(フィリップ殿下はデンマーク王家の分家であるギリシャ王家出身だが、英国帰化時に母方のドイツ貴族の名を受け継ぐ)のはずだったが、チャーチルの意向で王家としてはウィンザー家、家名はマウントバッテン・ウィンザー家となっている。詳しくは、『英国王室と日本人: 華麗なるロイヤルファミリーの物語』(小学館)。

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