皇族の「遺伝的要因のおそろしさ」とは何を意味するのか

本田由紀氏の問題についていまだに誤解があるが、彼女の「遺伝的要因のおそろしさ」という異様な言葉は、単に麻生太郎氏が彬子様を優遇したことを意味するものではない。それなら「親族を優遇した」と書けばよく、遺伝を持ち出す必要はない。

皇族の「遺伝的要因」と聞いて普通の人が連想するのは、大正天皇のような心身障害だろう。その原因が遺伝病だったかどうかは断定できないが、明治天皇と母親(側室)には遠い血縁関係(三従兄妹)があった。

三笠宮家には近親婚があった

彬子様の母親(信子様)は麻生氏の妹だが、父親は三笠宮寛仁である。こうした皇族の遺伝的な近さを遺伝学で使われる近交係数(F)でみると、次のようになる。

人物 父母 父母の近さ 近交係数Fの概算
大正天皇 明治天皇×柳原愛子 近世数世代では近い血縁なし ≒0
昭和天皇 大正天皇×貞明皇后 近い血縁なし ≒0
三笠宮崇仁親王 同上 同上 ≒0
上皇明仁 昭和天皇×香淳皇后 遠い皇統上の共通祖先あり ほぼ0
寬仁親王 崇仁親王×百合子妃 またいとこ1代違い 約0.781%
天皇徳仁 上皇明仁×上皇后美智子 近い血縁なし ≒0
彬子女王 寬仁親王×信子妃 8いとこ・10いとこ程度の遠縁 0.0002~0.0004%
愛子内親王 天皇徳仁×皇后雅子 近い血縁なし ≒0

ここからいえるのは、三笠宮家には近親婚があったということだ。三笠宮崇仁と百合子の場合も、宮内庁によると崇仁は大正天皇の第4皇男子、百合子は高木正得の第2女子で、2人の間には寬仁ら5人の子が生まれた。(宮内庁)

したがって崇仁と百合子は、英語でいうsecond cousins once removed(またいとこ1代違い)に当たり、F=0.78である。それでは、寬仁の娘である彬子様はどうか。

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