琵琶湖に浮かぶ神の島:竹生島で、豊臣の面影と静かな時間に触れる

滋賀県の長浜に来ました。

長浜といえば、長浜タワー。

え?知らない??

長浜の資産家が、この町にもタワーが欲しいと考えて作ったタワーです。もっとも電波塔の意味はなく単なる飾りなんですが。

わたしがこの町に来たのは黒壁スクエアの風鈴を愛でるためでも、

長浜ビールを楽しむためでもありません。まぁ、飲んでるんですが。

今回長浜に来たのは、琵琶湖畔にある長浜港から観光船に乗るためです。長浜港からは、琵琶湖に浮かぶ無人島、竹生島に向かう観光船が出ています。

竹生島は琵琶湖の北にある1周2キロほどの小さな島です。古来から神の住む島として崇められ、島には奈良時代に行基によって開かれたと言われる宝厳寺や都久夫須麻神社があり、休日はここを訪れる観光客で賑わいます。

船に乗って35分。竹生島が近づいてきました。断崖絶壁の島で、寺社と数軒の土産物店以外はありません。人が住むには適していなかったのでしょう。近づきがたいがゆえに神の島と崇められたのだろうと思います。

竹生島上陸!島は平成27年に「琵琶湖とその水辺景観-祈りと暮らしの水遺産」の構成文化財のひとつとして日本遺産に指定されています。他の構成文化財には近江八幡の水郷などがあります。

港の近くには土産物屋がありますが、そこのブラックボードのクオリティの高さに驚きます。

拝観料を払ってここからは急な階段を上がります。向かうのはこの上にある宝厳寺。竹生島神社と書かれた鳥居がありますが、宝厳寺と竹生島(都久夫須麻)神社は一体の寺社。明治時代の神仏分離の影響で2つにわかれた経緯があります。

結構急な階段を登り、宝厳寺に到達しました。三重塔もありますが、全体的に赤が目立つお寺です。宝厳寺は神亀元(724)年に聖武天皇が天照大神のお告げを受け、ここが弁才天の聖地となるから寺を作ることを命じられたことから行基により開基させたことが始まりと言われています。

また、豊臣秀吉の庇護を受けており、慶長7(1602)年に秀吉の遺言により秀頼が観音堂や唐門などを竹生島に移築させています。そのためここは秀吉ゆかりの地ともされており、今年は大河ドラマの影響もあって多くの観光客が押し寄せているのです。

宝厳寺にはこのような赤く小さなだるまが奉納されています。これは「弁天様の幸せ願いだるま」と言われ、願いごとを書いた紙をだるまに入れて本堂に奉納すると願いが叶うと言われています。

こちらが国宝の「唐門」。もとは京都・東山の豊国廟に建っていましたが、先ほど述べた通りこちらに移築されました。唐破風を持つ門ということで「唐門」と名付けられていおり、檜の皮葺の屋根や鳳凰などの豪華な彫刻を施した蟇(かえる)股や柱が印象的です。

舟廊下は清水の舞台のような組木の土台の上にある。

唐門から千手観音菩薩を納めた観音堂を経て、こちらの廊下を抜けると都久夫須麻神社に行くことができます。この廊下は朝鮮の船乗りが作ったことから舟廊下とよばれています。

都久夫須麻(つくぶすま)神社にやってきました。またの名を竹生島神社。都久夫須麻は竹生島の万葉仮名表記です。ご祭神は市杵島比売命(弁財天)、宇賀福神(白巳)、浅井比売命(産土神)と龍神。神仏分離で宝厳寺と別々にされていますが、こちらも祀っているのは弁才天。聖武天皇が受けたお告げのもとに建てられた神社なのです。

こちらの竜神殿からは土器を海の方に投げて、様々な願をかけることができます。

それでは、わたしも。

湖の方に土器を投げて、将来安泰を願います。私の願い、かなうでしょうか。まぁ、努力次第ですよね。

竹生島の上陸時間はだいたい60分から100分程度。それだけの時間があれば十分回れてしまいます。長浜から次の船が到着しました。またわんさかと観光客が島に上陸します。多くの方はこのまま長浜に戻るのですが、実は竹生島にはもうひとつアクセス方法があり、湖の北西岸、近江今津に向かう便もあります。今回はコチラに乗って今津に渡ります。京都方面からのアクセスは今津の方が便利ですね。

ということで、今津到着。豊臣秀吉に守られた弁才天を祀る島、竹生島。寺社が建つ以外は断崖絶壁と木々に囲まれて人を寄せ付けず、今も定住者はいません。そんな琵琶湖の北に浮かぶ豊臣ゆかりの島に、是非大河ドラマの放映されている今年のうちに訪ねてみてもらいたいなと思います。


編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年9月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。

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