大ヒットは狙って作れるのか? 経産省「20兆円戦略」を宝鐘マリンから考える(濵口 誠一)

経済産業省が8月20日、「エンタメ・クリエイティブ産業戦略2026」を取りまとめた。2033年までに日本発コンテンツの海外売上を20兆円に拡大する目標である。20兆円は自動車の輸出額に匹敵する規模で、内訳はゲームを3.4兆円から12兆円、アニメを2.1兆円から6兆円へ引き上げる計画になっている(参照・エンタメ・クリエイティブ産業戦略2026 経済産業省 2026/08/20)。

この戦略の中に、目を引く目標がある。年間の世界的な大ヒット作品を7本から30本に増やす、というものだ。戦略はこれを「ホームラン打者育成」と呼ぶ。大ヒットの本数そのものが、政策の目標に置かれている。

戦略の説明はこうだ。ホームランの創出には大規模な資金、ノウハウ、設備がいる。日本の映像分野の作品規模は、年間6千億円を財政支援する米国の1割程度にとどまる。資金を入れて体制を整えれば当たる数は増える、という論理である。

だが資金と体制が整っても、何が支持されるかは事前に見抜けない。事前の設計だけではニーズをつかみきれないからだ。経営管理を専門とする中小企業診断士として、この点を考えてみたい。

なぜ大ヒットは事前に読めないのか

そもそも戦略が定義するホームランとは、ゲームの売上TOP10、音楽のアーティストTOP30、映画のTOP60にランクインした日本コンテンツの本数である。ランキング入りは、市場に出した後の結果として決まる。作る前に確定するものではない。戦略自身も脚注で「今後算出方法の精査が必要」と付記している(同記事)。

読めないことは、経産省も分かっている。戦略は是正すべき「市場の失敗」の第一に「高い不確実性」を挙げ、これが作品製作への過小投資を生むと分析している。VTuberなどの新興分野についても「個々の事業の成長性の判断は難しく、不確実性が特に高い」と書かれている。不確実だと認めながら、それでも当たりの本数が目標に置かれているのである。

読めない理由は当然、送り手が決められるのは何を出すかまでだからである。作品の内容やキャラクターの設定は意図して設計できる。だが受け手が何に反応するかは決められない。ヒットとは、送り手が出したものと受け手の反応が噛み合った状態であり、噛み合うかどうかは出して反応が返るまで確定しない。

宝鐘マリンの設計図に書かれていたもの

この「ヒットを事前には読み切れない」という構造がよく分かる例がある。VTuberの宝鐘マリンだ。

宝鐘マリン ホロライブ公式サイト

宝鐘マリンが所属するVTuber事務所・ホロライブは、経産省の掲げる「IP360度展開」の実例である。IP360度展開とは、ひとつのキャラクターやコンテンツを、配信、グッズ、ライブなど、さまざまなメディアに展開することを指す。ホロライブも配信から始まりグッズ、ライブへと広がり、今年はスマホゲームが配信先の全ストアのセールスランキングで1位を獲得した(参照・2027年3月期第1四半期決算説明資料 カバー株式会社 2026/08/12)。

ただし、このゲームが売れているのはゲームの出来だけではない。登場するキャラクターにすでにファンがついているからこそ売れているのだ。そのキャラクターの人気を作っているのは、演じる一人ひとりのVTuberである。そして、ホロライブ所属VTuberの中で最も登録者数が多いのが宝鐘マリンだ。

宝鐘マリンは2019年にデビューし、YouTube登録者400万人を超える人気VTuberである。デビュー時に運営会社が発表したキャラクター紹介はこうだ。『宝石、宝、お金が大好きで、海賊になって宝を探すのが夢』『海賊船を買うのが目標で今は陸でVTuberをしている』『お姉さん風にふるまい、小悪魔的に誘惑したりからかったりしてくる』(引用・ホロライブ3期生「不知火フレア」「白銀ノエル」「宝鐘マリン」デビュー配信日決定のお知らせ PR TIMES 2019/08/06)。

送り手が外部に示した設計はここまでだった。この設定は今も生きているが、これだけでは現在の人気は説明できない。

デビューから半年後の2020年2月、宝鐘マリンはYouTube登録者21万人を突破する。翌月のインタビューでは人気の理由として、トーク、イラストの腕前、90〜00年代のオタク知識やネットミームが挙げられ、社会人経験があるエピソードトークをしながらも17歳と言い張る年齢ネタも紹介されている(参照・宝鐘マリン17歳が語る 古き良きインターネットの思い出 MoguLive 2020/03/21)。

同じ頃のインタビューでは、年齢をいじられることについて『リスナーさんたちはそういうネタも含めて楽しんでくださっているみたいなので、なんだかんだで、みんな年増の女が好きなのかもしれませんね』、同期を引き合いに『実は私も、当初はあの路線で行きたかったんですけど、結局アイドルらしさを出せず、ただの芸人みたいになっちゃってるんですよね』『もっとかわいい路線を目指したい』とも語っている(引用・海賊船を買うためにVTuber活動を始めたホロライブ3期生・宝鐘マリンがオタトーーク! 超!アニメディア 2020/04/24)。

年齢ネタやトークの面白さが受けていることは気づいていた。それでも当時目指していたのは、アイドルらしいかわいさのほうだった。気づいていることと、ブランディングの軸に選び取ることは別なのである。

当てた本人ですら読み違えた

それでも、経験を積めば読めるようになるのではないか。この疑問に答える出来事がある。

2022年、宝鐘マリンの楽曲「I’m Your Treasure Box」が公開された。宝箱から見つかった海賊船長が聴き手に迫るという趣向で、色気を前面に押し出した作品である。このMVは公開から約50日で1000万回再生に達した(参照・宝鐘マリン、「美少女無罪 パイレーツ」VTuber歴代最速1000万回再生記念インタビュー セクシー封印の新路線で達成した快挙 Real Sound 2023/09/15)。

だが本人は、当たった理由を色気という一つの要素に絞り込んで受け止めていた。後のインタビューでこう振り返っている。

『正直、もし怒られなかったら次もセクシー路線で作っていたと思います。やはり自分にはそれしかないと思ったと思います。でもこの路線はNGと示されたことで、それ以外で自分にできることを見つめなおす良いキッカケになりました』(引用・同記事)

つまり本人は、ヒットの理由を「セクシーだったから」を中心に考え、次も同じ路線を繰り返すつもりでいた。渦中の当事者ですら、何が効いたのかを正確に切り分けられていなかった。

では次の作品で、何を手掛かりにしたのか。自身の感想ではなく、ファンの行動だった。ネット上には楽曲に合わせて踊り、その動画を投稿する「踊ってみた」という文化があるが、「I’m Your Treasure Box」でも踊っているファンが多かった。そこで、リリースと同時に振り付け動画や3Dキャラクターを動かして動画を作るための無料ソフト向けの振り付けデータを公開したりしている(参照・同記事)。

感想ではなく、実際に起きた行動に合わせて次の設計を変えたのである。さらに、作詞家への依頼内容そのものも変えている。

『マリンのラブソングなので、めんどくさいところや年齢へのコンプレックスなどを出してほしいということをお伝えしました。めんどくさいマリンの恋愛観切り抜きなどをお送りして、マリンの恋愛観をお伝えして制作していただきました』(引用・同記事)

登録者21万人だった2020年の時点で、年齢ネタが受けていることは本人も自覚していた。それでも当時目指していたのは「もっとかわいい路線」で、軸には選んでいなかった。その年齢ネタが、3年後には楽曲の核になっている。2019年の設計図にあったのは「お姉さん風にふるまい、小悪魔的に誘惑したりからかったりしてくる」で、面倒くささも年齢コンプレックスも真逆に近い。かつて軸に選ばれていなかった要素が、何年もの反応を経て売り物の中心に変わったのである。

そうして出た「美少女無罪 パイレーツ」は、約39日で1000万回再生に達し、VTuber歴代最速記録を更新した(参照・宝鐘マリン、「美少女無罪 パイレーツ」が約39日で1000万回再生達成 ピーナッツくんの記録を破りVTuber歴代最速を更新 Real Sound 2023/09/07)

読めないという前提に立てるか

それでも、金と宣伝を注ぎ込めば売れるのではないか、という反論はあるだろう。経産省の戦略自体、資金不足を過小投資の原因として挙げている。だが宣伝で動かせるのは知ってもらうところまでである。何に反応し、繰り返し視聴し、人に勧めるかまでは金で決められない。市場調査をすればよいとも考えられるが、当てた本人ですらヒットの理由を読み違えるのだから、事前に正確な答えが得られるとは限らない。

もちろん、宝鐘マリン一人の事例だけで、すべてのヒットが同じように生まれると一般化することはできない。ここで見ているのは「ヒットする法則」ではなく、「事前には読み切れない」という構造である。

実際、経産省自身がコンテンツ産業の「市場の失敗」の一つに「高い不確実性」を挙げ、VTuberなどの新興分野についても「個々の事業の成長性の判断は難しく、不確実性が特に高い」としている。宝鐘マリンの事例は、この不確実性が実際のヒット形成でどう現れるのかを具体的に示した一例と位置づけるべきだろう。

だから、事前設計が無駄だという話でもない。海賊という設定は7年経った今も生きている。ただし、それは出発点であって完成図ではなかった。アイドルを目指して「芸人みたいになった」と嘆いたズレも、年齢へのコンプレックスも、その後の反応を経て作品の材料になった。

重要なのは、宝鐘マリンの成功法則をまねることではない。何が当たるかを完全には予測できないという前提に立ち、外れたら修正し、想定外の反応が出たら拾い、次の作品に反映できるかである。

経産省が掲げた年間7本から30本という目標に戻ろう。この数は、優秀な人材を集めて分析すれば30本を事前に選び出せる、という性質のものではない。

ホームランを増やすために必要なのは、30本の「正解」を先に見抜くことではない。打席に立つ回数を増やし、外した理由を考え、想定外に飛んだ打球を次に生かすことだ。大ヒットとは、その繰り返しの先で、事後に付けられる名前なのである。

濵口 誠一 中小企業診断士
従業員2万名の企業から10名の企業まで、約20年経営企画に従事し1000件以上の事業計画を策定。現在は中小企業診断士として経営戦略から実行支援まで行う。言語化・数値化を得意とし「話しているだけで悩みが解決した」「目標が従業員に伝わるようになった」という評価多数。
公式サイト:https://billion-break.com/

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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2026年9月3日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。