日本の産業構造の問題として、よく多重下請け構造があげられる。特に21世紀に世界的な水平分業の波に乗り遅れた原因として「企業城下町」による系列構造が指摘される。製造業には「親会社―下請け―孫請け」という系列があり、流通業には1次問屋や2次問屋などの階層構造がある。建設業でも、ゼネコンと建設業者は別の会社である。
このような構造が日本のいろいろな産業にみられるのは偶然ではない。上位組織が調整と権威を担当し、実際の仕事は下位組織に請け負わせるしくみは、日本の歴史の中では、古くからあった。それは中世の荘園にもあった重層的な支配構造に似ている。
系列構造は日本人の「古層」に埋め込まれている
系列構造は戦後、トヨタなどの製造業が過小資本だったため、多くの企業が協力して生産する体制ができたと考えられている。終戦直後の激しい「生産管理闘争」が終息する過程で、終身雇用で正社員を保護する日本的雇用慣行が成立した。
したがって固定費となる正社員の雇用を増やさないため、下請け・孫請けで生産する系列構造は合理的だった。たとえば1983年にGMは46万人の従業員で500万台生産したが、トヨタは6万人で340万台生産した。
これは自動車のように部品の補完性の強い業種では合理的であり、今でもその優位性は変わらない。部品数が多いと、一つでも不具合があると全体に影響が及ぶので、こうした長期的関係で情報を共有することがきわめて重要だ。しかも部品には汎用性がないので、設計段階から「デザイン・イン」などで協力する必要がある。
IT産業でも、日本では大企業がソフトウェア開発をITゼネコンと呼ばれる大手ITベンダーに発注し、そのベンダーがさらに下請けに出し、下請けが孫請けに出す構造が長く続いてきた。ITゼネコンの仕事はプログラムを書くことではなく、顧客から契約を取り、仕様書を下請けに配り、納期を管理することだ。
これは建設業でゼネコンが鉄筋を組んだりコンクリートを流したりしないのと同じで、建築や自動車のような複雑な製品では一定の合理性があるが、現代の情報産業では要素技術がモジュール化され、グローバルな市場で流通するようになった。
系列構造で複雑な工程管理をする必要はなくなり、部品は市場で調達すればいいので、設計に特化したファブレス(工場をもたない)企業が製造に特化したファウンドリに製造委託するグローバルな水平分業が一般的になった。
しかし系列構造に最適化され、終身雇用を前提とする日本の製造業は、この転換ができなかった。それはこの構造が戦後初めて生まれたものではなく、長い歴史の中で日本人の「古層」に埋め込まれた暗黙知だからである。
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