スイスで今月27日、国民発議「スイスの中立の維持」の是非を問う投票が行われる。同イニシアチブはロシア軍が2022年2月末、ウクライナに軍事侵攻したことを受け、スイス国内の保守勢力、国民党らが2024年4月、200年以上の歴史を有する自国の中立主義が揺れてきたことに危機感を感じ、中立主義の堅持などを憲法に明記する中立イニシアチブ(国民発議)の署名集めを開始、10万人以上の有効投票を集めて発議が成立。この度、その是非を問う投票が実施されることになったわけだ。

スイスで国民発議「スイスの中立の維持(中立イニシアチブ)」の是非を問う投票が実施。スイス政府ポータルから
フィンランド、そしてスウェーデンと北欧の代表的中立国は国是を放棄して北大西洋条約機構(NATO)に加盟したことで、欧州で中立国はオーストリアとスイスの2カ国だけ。そのスイスでもロシアの軍事的侵略から国が守れないという声が高まり、中立主義の定義の見直しや武器再輸出法案の是非を検討するなど試行錯誤してきた。また、スイスは欧州防空構想「欧州スカイシールド・イニシアチブ(ESSI)」に加盟するなど、NATOとの協力関係を急速に深めていった。これらの一連の動きに対し、ロシアから「非友好国」と指定され、「スイスは中立主義を放棄した」と糾弾されたが、スイス側は中立主義の放棄ではなく、「協調的中立」を主張してきた経緯がある。
その一方、スイス国内の保守・右派勢力(最大政党のスイス国民党:SVP/UDCなど)は中立主義の形骸化を警戒し、「このままでは他国の戦争に巻き込まれる」「スイスのアイデンティティである中立が死んでしまう」と強い警戒心から、今回の発議となったわけだ。憲法には記述されていない「中立主義の維持」を憲法に明記することで、中立主義を守っていこうというわけだ。
現行のスイス憲法には、中立の具体的な「定義」は記述されておらず、政府や議会に運用の裁量(柔軟性)が残されている。国民党ら保守勢力が推進する今回の発議の狙いは、憲法を改正し、超厳格なルールを明記することで、政府の裁量を奪うことだ。具体的な、①国際経済制裁への参加禁止を憲法に明記し、国連(UN)が全会一致で決定した制裁以外の、EUや他国が独自に行う経済制裁(対露制裁など)への参加を一切禁止させる。②軍事同盟との協力禁止。スイス自体が直接攻撃されない限り、NATOなどの軍事同盟との共同演習や協力関係を禁止。③第3国間の紛争への不介入の徹底し、他国同士の戦争に対し、武器の提供はもちろん、他国を経由したスイス製武器の再輸出なども法律レベルではなく憲法レベルで厳しく封じ込める、等の内容だ。
スイス政府ポータルによると、「このイニシアチブは、中立性のより厳格な適用を求めるとともに、スイスの中立性が永続的かつ武装を伴うものであることを憲法に明記しようとするものだ。これにより、軍事攻撃を受けた場合や攻撃の準備がなされている場合を除き、いかなる軍事同盟や防衛同盟への加盟や協力も禁止されることになる。さらに、第三国間の軍事紛争への関与や、交戦国に対する制裁の実施も行わないこととする。ただし、国連による制裁や、制裁の回避を防ぐための措置については例外だ」という。
今回の国民発議を巡り、スイス国内の世論は真っ二つに分かれている。直近の世論調査(2026年8月時点)では、反対(否決)派が50%~60%台を占めて優勢で、賛成(可決)派を上回っている。賛成派(保守・右派)の代表的な主張は「厳格な中立に立ち戻らなければ、スイスの安全は守れない。信頼できる和平仲介国としてのブランドを取り戻すべきだ」というものだ。一方、反対派(政府・議会・他政党)は、「世界情勢が激変する中で、憲法で手足を縛れば、有事の際に自国を守るための安全保障上の柔軟性が失われ、国際的に孤立する」と説明する。国民の間では、中立の大切さを認めつつも、「あまりに厳格すぎる縛りは現実的ではない」とする見方が広がってきているという。
バチカンニュースによると、スイスのローマ・カトリック教会系のシンクタンク「ヴォックス・エティカ(倫理の声)」は中立イニシアチブ(国民発議)を否決するよう勧告している。同倫理委員会は「真の平和とは単に戦争がない状態を指すのではなく、公正な秩序を積極的に推進することを求めるものだ。中立性は、基本的価値を守るための手段としての役割を果たすが、中立性を絶対的なものとして扱えば、スイスは人権擁護のために行動する能力を失い、国際的に孤立するリスクを負う」と主張、「中立はそれ自体が価値を有するものではない」と言い切っている。
スイスの永世中立は、1515年の軍事的な敗北を契機に芽生え、1815年のウィーン議定書で国際的に承認された、世界で最も古い外交方針の一つだ。 アルプスの小国が、国家の独立と国内の結束を維持するために選択した現実的な生存戦略として発展してきた。スイス政府は今日、「他国の軍事同盟(NATOなど)には加盟しない」「紛争当事国へ武器を直接輸出しない」という軍事的中立の根幹は維持しつつも、国際法違反や人権侵害に対しては明確に意見を表明する姿勢を取っている。
ちなみに、スイスは、周囲の大国から国を守り、多言語・多宗教の国内の結束を保つために、自らの意志で何世紀もかけて中立を育てた。一方、第2次世界大戦後、米英仏ソの4カ国に分割占領されていたオーストリアはソ連占領軍を撤退させ、主権を回復するための「条件(バーター取引)」として、ソ連の要求に応じる形で中立を宣言した経緯がある(1955年オーストリア国家条約)。両国の中立主義は出発点から明らかに異なっている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年9月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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