沖縄振興予算の増額報道に「こんな政治が許されるのか」
日本共産党の田村智子委員長が14日の記者会見で涙を流した。沖縄県知事選で古謝玄太氏が玉城デニー氏を破ったことを受け、政府が2027年度の沖縄振興予算を3000億円超に増額する方向で調整しているとの報道について、「こんな政治が許されるのか」と声を詰まらせた。
政府は概算要求で2897億円としていた沖縄振興予算を上積みする方向だ。辺野古移設を容認する古謝氏の当選を受けた対応で、沖縄県が求めてきた3000億円台を6年ぶりに回復する可能性がある。
田村委員長は「沖縄県民が辺野古を受け入れないという時には、あれだけ予算を削った」と政府を批判。「なんて情けないんでしょう」と大粒の涙を流した。

日本共産党 公式動画より
辺野古で失われた命には見せなかった「号泣」
しかし、この号泣を見て違和感を抱いた人もいるだろう。なぜなら、辺野古をめぐって実際に人命が失われた際には、今回ほど激しい感情を公の場で示した姿は見られなかったからだ。
今年3月、辺野古沖で修学旅行中の高校生らを乗せた船2隻が転覆し、17歳の女子高校生と71歳の船長が死亡、14人が負傷した。船を運航していたヘリ基地反対協議会には日本共産党の沖縄県北部地区委員会も参画している。
【参照リンク】田村智子委員長「平和丸の船長と共産党の関係」を質問されしどろもどろ アゴラ

事故後には、女子生徒の遺族が「抗議団体側から直接の謝罪や手紙などが何ひとつなかった」と訴えた。運航団体自身も後に、遺族への対応について「あまりに不十分で不適切」「弁解の余地はない」と謝罪している。
田村委員長も事故から約2カ月後の5月17日になって、「修学旅行の高校生を船に乗せたこと自体が重大な誤り」と党を代表して謝罪した。したがって、田村氏が謝罪しなかったという批判は正確ではない。しかし、17歳の命が失われた事故への対応と、今回の選挙・予算問題で見せた号泣との落差はあまりにも大きい。
辺野古をめぐっては、2024年にも抗議活動中の女性を制止しようとした47歳の警備員がダンプカーにひかれて死亡している。沖縄県警は今年6月、抗議していた女性を重過失致死容疑で書類送検した。
政治家が泣くこと自体が問題なのではない。問題は、何に対して涙を流すかである。
「命こそ宝」と涙の落差が映す共産党の敗因
「命どぅ宝」(命こそ宝)を掲げてきた政治勢力だからこそ、人命が失われた時には誰より厳しく自らを省みる姿勢が求められる。ところが有権者の目には、17歳の女子高校生や警備員の死よりも、選挙に敗れ、政府の政策が変わることの方が田村氏の感情を大きく揺さぶったように映りかねない。
古謝氏は今回の知事選で約59%を得票し、12年ぶりの県政交代を実現した。
「こんな政治が許されるのか」と泣く前に、なぜ沖縄県民が玉城県政から離れたのかを考える必要があるのではないか。
泣く時を間違えれば、その涙は共感ではなく違和感を生む。その感覚のずれこそ、共産党や「オール沖縄」が今回の選挙で突きつけられた問題なのかもしれない。








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