日本はいまインフレ。それなのに、客離れが怖くてなかなか値上げできない企業や店舗も多い。
実はわたしのオンラインサロンでは、塾生の黒川さんと3年かけて海外富裕層向けのガイドサービスの構築に取り組んできた。いまや1日1000ドルのサービスに予約が殺到している。田舎に住んで月70〜80万円は軽く稼げるわけで、正直ここまで成功するとは思いも寄らなかった。このノウハウを無償で公開するわけにはいかないので、詳しくは永江塾で、になる。希望者に黒川さんがアドバイスするビジネスモデルも考えている。

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ただひとつだけ言っておくと、このサービスも最初は300ドルくらいからのスタートだった。試行錯誤を繰り返す中で、顧客だったアメリカの広告代理店の女性社長から「問題ないので価格は高くしたほうがいい。そして独自サービスをアピールしたほうがいい」とアドバイスをもらい、それに従ったのがいまの形です。価格が安いときは問い合わせばかり多く、値切るなど客の質も悪かったがいまは欧米の最上級の顧客ばかりだ。
本日はこの経験を前提に、果たして安く売ることは本当にいいことなのかを、海外の論文から検証してみたい。

日本は長くデフレが染みついている。でも海外はコロナ以降ずっとインフレで、日本との収入格差も大きく広がった。特にインバウンドでは、安いサービスには団体ツアー中心の客が集まりやすく、儲からないうえに現場のモラルまで落ちる。だから価格付けで顧客を選び、そのぶんサービスの質は他に追随されない水準まで上げる。これがわたしの結論です。海外の論文も、安さを前面に出すと客も店も損をすることを示しています。
- 客が店員を雑に扱うようになる:予算ギリギリで買い物をしている設定の人は、サービスに不満があったとき、店員の処分につながる低評価をつけた割合が77.4%。お金に余裕がある設定の人は59.3%。差は18.1ポイント(Henkel et al. 2018、米国の304人の実験)。お金が無い客は不満をぶつけやすい。
- 店も損をする:35%割引で獲得した客の長期的な価値は、割引なしで来た客のおよそ半分(Lewis 2006)。グルーポンで赤字になった店では、正価で戻ってきた客は13%しかいなかった(Dholakia 2010)。
- 処方箋はある:店員の名札に「好きな食べ物を聞いて」と一言添えるだけで、客からの不当な扱いが減った(Trinh & Cunningham 2026、米国のスーパー25店・6週間ほか4研究)。
正直な但し書き:これは「高い金を払う客ほど人格がいい」という話ではありません。安さを前面に出す売り方が、客の頭のモードを切り替えてしまうという話です。実験の多くは想像上の場面で、効果は小〜中程度。しかも全部アメリカの研究です。
まず日本の現場から。流通・サービス業の労働組合UAゼンセンが2024年に公表した調査では、直近2年以内に客からの迷惑行為を受けたと答えた人が46.8%。回答3万3,133件のうち1万5,508件です。2020年調査の56.7%からは下がったけど、それでもほぼ2人に1人。
で、この手の話になると、たいてい「最近の客は民度が低い」「モンスターが増えた」で終わる。客の性格の問題にされるわけです。
でも本当にそれだけでしょうか。わたしは今回、海外の論文を何本か読んで、ちょっと考えが変わりました。客をそういうモードにしているのは、店の売り方そのものかもしれない。しかもその売り方は、店の儲けまで削っている。
以下、論文ベースで順番に見ていきます。
中心になるのは、2018年に消費者心理学のトップ誌 Journal of Consumer Psychology に載ったHenkelらの論文「Discounting Humanity(人間性の値引き)」。タイトルからして皮肉が効いてる。
彼らが注目したのは「価格意識モード」。とにかく一番安く買うことだけに頭が占領された状態のことです。格安ブランドが「安い」「割引」「セール」を連呼すると、客はこのモードに入る。すると店員を、感情や考えを持つ一人の人間として見なくなる。これを4つの研究で確かめています。
| 研究 | やったこと | 結果 |
|---|---|---|
| 1 | 航空会社のレビュー2,047件を分析(2012年8月〜2017年6月) | 店員の人柄を表す言葉(親切、無礼など)を含むレビューは、格安のライアンエアーが35.42%、ルフトハンザが50.70% |
| 2 | 同じ女性の写真を「ライアンエアーの客室乗務員」「ルフトハンザの客室乗務員」「ブランドなし」として学生208人に見せた | 人間らしさ(感情や思考の豊かさ)の評価は格安側が一番低い。4.41、4.86、5.23の順 |
| 3 | 架空のレンタカー会社を「格安」か「サービス重視」の宣伝で紹介(学生50人) | 格安の宣伝を見た人ほど、同じ受付係の人間らしさを低く評価(4.64 vs 5.37) |
| 4 | 同じレンタカー会社で、旅行予算が「ギリギリ」か「全部込みで余裕」かを想像させた(304人) | 店員の処分につながる低評価をつけた人は、予算ギリギリ側が77.4%、余裕側が59.3% |
研究1のミソは、客室乗務員そのものへの星評価をそろえても差が残ったこと。つまり「格安航空は実際にサービスが悪いから」では説明がつかない。ちなみにレビューの中には「家畜のほうがまだマシな扱いを受ける」なんてのもあったそうですww
研究2も面白い。格安側の女性のほうが、むしろ見た目は魅力的と評価されてるんです(8.60 vs 7.98)。だから「格安ブランドの人は全部悪く見える」という話でもない。削られるのは、感情や内面の豊かさへの想像力だけ。
一番効いてくるのが研究4。会社もサービスもまったく同じで、変えたのは客の懐具合の設定だけ。予約が消えたトラブルでチャットしたら、オペレーターは「メールに書いてあるので予約し直してください」と言ってチャットを切る。そのあと「評価2以下だと担当者は処分対象になります」と伝えて評価させた。予算ギリギリの人ほど、処分ラインの点数をつけたわけです。
ここで大事なのは、「安い客は性格が悪い」とは一言も言っていないこと。著者自身、価格意識は性格ではなく一時的な状態だと明言しています。同じ人でも、安さに追い立てられるとこうなる。そして、そのスイッチを押しているのは店の看板だったりする。
もちろん弱点もあります。研究3はたった50人。研究4は想像上の場面で、「人として見なかったから処分した」のか「処分したあとで理屈をつけた」のかは区別しきれていない。効果の大きさも小〜中程度です。それでも、レビューの実データから実験まで方向は揃っている。
これ、別に不思議な話じゃないんです。頭が「損か得か」で埋まると、他人への配慮が後回しになる。この方向の研究は他にもあります。
- 計算するだけで利己的になる:Wang、Zhong、Murnighan(2014)は、計算問題を解かせたあとの人が、お金を分けるゲームでより自分勝手になり、別のゲームではより不誠実に振る舞うことを示しました。
- 経済的な考え方は同情を減らす:Molinsky、Grant、Margolis(2012)は、経済合理性を無意識に意識させると、悪い知らせを伝えるときの思いやりが減ることを示しています。共感が弱まり、「感情を見せるのはプロらしくない」と感じるようになるから。ただし効果が出たのは、お金が絡む悪い知らせに限られます。
つまり、「一番安く」に頭が占領された客は、目の前の店員を「値段の一部」として処理しはじめる。Henkelらの論文も、この理屈を土台にしています。
ひとつ注意。「お金を見せるだけで人は冷たくなる」系の研究(いわゆるマネー・プライミング)は、独立した追試でほとんど再現できていません。Henkelらも自分たちの研究を、単にお金を意識させる研究とは別物だと位置づけています。ポイントは、支出を切り詰めることに焦点が当たっている点です。なのでこの記事では、マネー・プライミングの研究は根拠に使いません。
「店員が多少雑に扱われても、客が増えるならいいじゃん」と思ったあなた。残念ながら、値引きで集めた客はそもそも残りません。
- 35%引きで獲った客は、価値が半分:Lewis(2006、Journal of Marketing Research)は、新聞の購読者とネットスーパーの顧客データを分析しました。獲得時の割引が深いほど、リピート率も長期的な顧客価値も下がる。35%割引で獲った客の長期価値は、割引なしで来た客のおよそ半分でした。
- グルーポン客は正価で戻ってこない:Dholakia(2010)は、2009年6月〜2010年8月にグルーポンを出した150社を調べました。赤字になった店では、正価で再来店した客が13%。黒字だった店の31%を大きく下回ります。回答した店の多くが、価格にばかり敏感で取引だけが目当ての客層に幻滅していた。324社を対象にした続編でも、正価で戻ってきた利用者は19.9%でした。
- 口コミ評価まで下がる:Byers、Mitzenmacher、Zervas(2012)は、グルーポンを出した店のYelp評価が平均して大きく下がることを見つけています。
ただ、Byersらの論文には著者自身の別解釈もついています。グルーポン客のレビューは偏りのない本物の客のもので、Yelp全体には偏った投稿や偽レビューが混じっているから差が出た、という説明です。なので「グルーポン客は文句が多い」とまでは言えません。Dholakiaの調査も査読前の論文で、店側への聞き取りです。
それでも、値引きで集めた客は残らず、評価も上がらない。この方向は複数のデータで一致しています。店員は雑に扱われる、客は残らない、評判も上がらない。安さを前面に出して得をしている人、どこにいるんでしょうね。
じゃあ、どうすればいいのか。2026年7月にミシガン大学のTrinhとCunninghamが Organizational Behavior and Human Decision Processes に出した論文が、かなり具体的な答えを出しています。オープンアクセスなので誰でも読めます。
前提として、客の70%は店員と個人的な会話を「まったく、またはほとんどしない」と答えています(客150人の予備調査)。店員は「レジの人」「受付の人」という役割でしか見られていない。だったら、その役割の外側を一瞬だけ見せればいい、という発想です。
やったことは単純。店員の名札の横に「好きな食べ物を聞いて」「趣味を聞いて」「この店のお気に入り商品を聞いて」といった札を下げる。それだけ。
- 実店舗:米中西部のスーパーチェーン25店で6週間。札をつけた店の従業員は、つけなかった店より、客からの不当な扱いが少なかったと報告しました。
- 実験室:車の商談をビデオで撮り、仮説を知らない第三者が客の態度を採点。最初に4分ほど店員の話をした組では、見下した言い方やため息、無理な要求といった振る舞いが減っていました。
- オンライン:ホテルや飲食店のトラブル対応をチャットで再現し、どちらも札のある組で不当な扱いが減った。飲食店の実験では、対照群にも自己紹介や雑談を自由にさせたのに、それでも仕事の話の札をつけた組では客の不当な扱いが減った。
4つの主研究はすべて事前登録済みで、データも公開されています。この分野ではかなり誠実な作りです。
面白いのは、Henkelらも似た対策を試して失敗していること。名札を印刷から手書きに変えても、店員の見え方は変わらなかった。違いは、Trinhらの札が「聞いて」と会話のきっかけをつくっている点です。見せるだけでは足りない。話させて初めて、店員は「役割」から「人」に戻る。
ただし弱点も書いておきます。実店舗の結果は従業員の自己申告で、回答率は約8%。著者自身が「示唆にとどまる」と書いています。効果は小〜中程度。そして全部アメリカの研究で、日本の接客文化にそのまま当てはまるかはわからない。
実務でやるなら注意点がひとつ。著者は、会社が「なぜここで働くのが好きか聞いて」みたいな台本を押しつけると、冷笑や居心地の悪さを生みかねないと警告しています。札は店員が自分で選べるようにして、ときどき入れ替える。やらされ感が出た時点で逆効果です。スマイルゼロ円ですね。
ここまで読んで「よし、値上げしよう」と思った人。ちょっと待った。逆の結果もちゃんとあります。
- 割引が効く場面もある:Anderson と Simester(2004、Marketing Science)は、カタログ通販の大規模な実験で、深い割引が初めての客の将来の購入をむしろ増やすことを示しました。一方で、既存客の将来の購入は減っています。つまり割引は、新規には効いて常連には毒。
- 値段で客が選別されるとは限らない:Cohen と Dupas(2010、Quarterly Journal of Economics)は、ケニアで蚊帳の価格をランダムに変えました。お金を払った人が無料でもらった人よりよく使う、という証拠は出ませんでした。本当に必要な人が選ばれる、という証拠もなし。
- 業種によっては逆になる:Stiglitz と Weiss(1981、American Economic Review)が示したのは、融資の世界では金利を上げるとリスクの高い借り手が相対的に残りやすくなる、という話。金融や保険では、値上げで客の質がむしろ悪化しうるわけです。他で借りられない人ばかりがくるんだから当たり前です。街金の顧客層は悪いでしょうな
それから、今回の研究が示しているのは「安さを前面に出す売り方が客のモードを変える」ということ。「高単価の客ほど人格がいい」「値上げすればトラブルが減る」を直接確かめた研究は、国内外で探した範囲では見つかりませんでした。ここは混同しないでほしい。
日本は長くデフレが染みついている。でも海外はコロナ以降ずっとインフレで、日本との収入格差も大きく広がった。この状況で日本の感覚のまま安く売るのは、わざわざ儲からない客を呼び込むようなもの。
特にインバウンドはそう。安いサービスには団体ツアー中心の客が集まりやすく、客単価は上がらない。しかも今回見た研究のとおり、安さの看板は客を損得モードにして、店員を消耗させる。現場のモラルが落ちるのは当然です。
沖縄の記事でも書いたけど、価格付けで顧客を選別するのが有効。冒頭のガイドサービスも、300ドルから始めて1日1000ドルまで上げ、いまは予約が殺到している。ただし高くするなら、サービスの質は他に追随されない水準まで上げること。高いだけの店は、ただのぼったくりですから。
カスハラを客の民度のせいにするのは簡単です。でも、そのモードに客を追い込んでいるのが自分の店の看板だとしたら。一度疑ってみる価値はあるでしょ。
- Henkel, A. P., Boegershausen, J., Hoegg, J., Aquino, K., & Lemmink, J. (2018). Discounting Humanity: When Consumers are Price Conscious, Employees Appear Less Human. Journal of Consumer Psychology, 28(2), 272–292.
- Trinh, E. N., & Cunningham, J. L. (2026). Humanizing the frontlines: individuating connections reduce customer mistreatment. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 196, 104510.
- Wang, L., Zhong, C.-B., & Murnighan, J. K. (2014). The social and ethical consequences of a calculative mindset. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 125(1), 39–49.
- Molinsky, A. L., Grant, A. M., & Margolis, J. D. (2012). The bedside manner of homo economicus: How and why priming an economic schema reduces compassion. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 119(1), 27–37.
- Lewis, M. (2006). Customer Acquisition Promotions and Customer Asset Value. Journal of Marketing Research, 43(2), 195–203.
- Dholakia, U. M. (2010). How Effective are Groupon Promotions for Businesses? SSRN.
- Dholakia, U. M. How Businesses Fare with Daily Deals: A Multi-Site Analysis of Groupon, Livingsocial, Opentable, Travelzoo, and BuyWithMe Promotions. SSRN.
- Byers, J. W., Mitzenmacher, M., & Zervas, G. (2012). The Groupon Effect on Yelp Ratings: A Root Cause Analysis. Proceedings of the 13th ACM Conference on Electronic Commerce, 248–265.
- Anderson, E. T., & Simester, D. I. (2004). Long-Run Effects of Promotion Depth on New Versus Established Customers: Three Field Studies. Marketing Science, 23(1), 4–20.
- Cohen, J., & Dupas, P. (2010). Free Distribution or Cost-Sharing? Evidence from a Randomized Malaria Prevention Experiment. Quarterly Journal of Economics, 125(1), 1–45.
- Stiglitz, J. E., & Weiss, A. (1981). Credit Rationing in Markets with Imperfect Information. American Economic Review, 71(3), 393–410.
- Vadillo, M. A., Hardwicke, T. E., & Shanks, D. R. (2016). Selection Bias, Vote Counting, and Money-Priming Effects. Journal of Experimental Psychology: General.
- UAゼンセン(2024)カスタマーハラスメント対策アンケート調査結果
編集部より:この記事は永江一石氏のブログ「More Access,More Fun!」2026年9月29日の記事より転載させていただきました。









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