
戦争は、「強い国が短期間で勝つ」ものではなくなりつつある。
むしろ問われているのは、どれだけ長く戦えるか、弾薬をどれだけ作り続けられるか、損傷した装備をどれだけ早く修理できるか、そして攻撃を受けても社会を動かし続けられるか、である。ウクライナ戦争や中東での戦闘が突きつけているのは、こうした「国家の持久力」の問題だ。
米外交誌『Foreign Affairs』(2026年9月18日付電子版)に、ハドソン研究所のナディア・シャドロー氏が「America’s Attrition Trap(アメリカの消耗戦の罠)」と題する論考を寄せた。シャドロー氏は第1次トランプ政権で国家安全保障担当副補佐官(戦略担当)を務めた人物である。
日本ではまだ十分に紹介されていないが、その指摘は日本の安全保障を考えるうえでも重要だ。日本もまた、有事は短期間で決着するという暗黙の前提の上に防衛を考えてきたからである。
戦争はなぜ長引くのか
シャドロー氏の出発点は、ウクライナと中東の戦争が「どちらが先に相手の軍事力、経済力、そして政治的意思を使い果たすか」という消耗戦になっているという認識である。その背景には、三つのギャップがあるという。
第一は、保有する戦力と、実際に投入し続けられる戦力とのギャップだ。米国とNATOの経済力はロシアを大きく上回る。しかし、GDPをそのまま砲弾に変えることはできない。必要なのは工場であり、原材料であり、部品であり、熟練した労働力である。防衛産業が平時の生産体制にとどまっていれば、戦争が始まった瞬間に弾薬を大量生産することはできない。
英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のアレックス・ヴェルシーニン氏は2022年の論文「The Return of Industrial Warfare(産業戦争の回帰)」で、現代戦でも大規模な産業基盤が決定的に重要になると論じた。歴史家フィリップス・オブライエン氏も、第二次世界大戦の勝敗は個々の会戦だけでなく、工場、輸送、補給を含む「超戦場」で決まったと指摘している。
第二は、伝統的な戦争原則と新しい技術とのギャップである。ドローンと常時監視の時代には、大規模な部隊を一カ所に集中させれば発見され、攻撃される。一方で、新しいドローンが登場しても、数週間で対抗策が開発される。攻撃と防御の技術革新が週単位で繰り返される結果、一つの新兵器が戦争を決定的に変えることは難しくなる。「突破」よりも「適応」が速くなれば、戦争はますます消耗戦になっていく。
第三は、軍事手段と政治目的とのギャップである。軍事力で相手に損害を与えることと、政治的に戦争を終わらせることは同じではない。戦争をどこまで続け、最終的にどのような状態をつくるのか。この政治的な「終着点」が曖昧なまま軍事作戦だけが続けば、戦争は長期化する。
シャドロー氏の指摘で重要なのは、米国が消耗戦を望まなくても、消耗戦に勝てる能力を持っていなければならないという点である。
弾薬は「一週間」で尽きる
これは机上の議論ではない。
米議会予算局(CBO)の分析によれば、2026年8月1日までのイランとの戦闘で、米国防総省の費用は約381億ドルに達した。そのうち最大の項目は消費した弾薬の補充費で約217億ドル、ミサイル防衛用の迎撃弾だけで約131億ドルにのぼる。
さらにCBOは、パトリオット、THAAD、SM-3、SM-6の迎撃弾について、2025年6月のいわゆる「12日間戦争」以降の使用量をこれまでの購入総数と比べると、在庫の半分から3分の2を使った可能性が高く、増産しても在庫の再建には少なくとも5年程度かかると分析している。
これは日本にとっても他人事ではない。CBOも、弾道ミサイルや巡航ミサイルを大量に保有する中国との紛争では、この在庫減少が特に問題になると警告している。戦略国際問題研究所(CSIS)が2023年に行った台湾有事のウォーゲームでは、米軍の長射程対艦ミサイルLRASMが、多くのシナリオで開戦から1週間ほどで使い切られる結果となった。
ここから見えてくるのは、単純な「米軍は強い」という話ではない。強い軍隊でも、弾薬がなくなれば戦えない。そして弾薬は、注文すれば翌日に届くものではない。工場が必要であり、部品が必要であり、電力と物流が必要であり、それらを守るサイバーセキュリティが必要になる。戦争とは、結局のところ、国家の産業力と社会システムの総力戦でもある。
日本も、この春すでに試されていた
日本も無縁ではない。2026年2月末に始まった米国・イスラエルとイランの戦闘で、ホルムズ海峡は事実上の閉鎖状態となった。日本の原油輸入は中東依存度が94%、ホルムズ海峡経由の依存度は93%に達する。
政府は3月16日、民間備蓄義務を70日分から55日分に引き下げるとともに、国家備蓄約30日分の放出を決定した。4月には第2弾として国家備蓄約20日分の追加放出を決め、5月から順次放出した。
幸い、代替調達が進んで危機は乗り切られつつある。しかし重要なのは、「日本から遠く離れた戦争」でも、日本のエネルギー安全保障が直接揺さぶられたという事実である。日本周辺で有事が起きれば、影響はこの比ではない。
島国は弱点なのか、強みなのか
消耗戦という視点から日本を見ると、「島国」という条件には二つの顔がある。
一つは弱点だ。日本はエネルギー、食料、原材料、部品など、多くのものを海上輸送に依存している。海上交通路が長期間妨害されれば、日本社会そのものの持久力が低下する。防衛省も令和9年度概算要求で、四面を海に囲まれ多くの島嶼を持つ日本では、部隊や補給物資を迅速かつ継続的に届ける輸送力の強化が一層重要だとしている。
しかし、島国であることは同時に防壁にもなる。日本を侵攻する側は、海を越えて兵力と物資を運ばなければならない。しかも、ドローン、衛星、レーダー、無人艇、潜水艦などによって、海上で大規模な輸送を隠し続けることは容易ではない。米インド太平洋軍のサミュエル・パパロ司令官が2024年、台湾海峡を大量の無人システムによって「地獄絵図」にする構想を示したのも、こうした戦場環境の変化を背景としている。
島国は、長期戦では「弱点」であると同時に「防壁」でもある。問題は、その二つの顔のどちらを生かすかである。
専守防衛も、別の意味を持ち始めている
もう一つ、日本特有の条件がある。専守防衛である。専守防衛は、これまで日本の「制約」として語られることが多かった。しかし消耗戦という観点から見ると、別の意味が見えてくる。
日本が目指すべきなのは、相手の国土を占領することでも、相手の軍事力を全面的に破壊することでもない。侵略を断念させ、日本の国土と国民を守ることである。この目的を明確にするなら、防衛の中心に置くべきなのは「一気に勝つ能力」だけではない。相手が目的を達成できない状態を、長期間維持する能力である。これは消耗戦の時代には極めて重要な考え方になる。
日本への五つの提案
「勝つ」より「拒否する」
第一に、防衛の基本目標を「持久による拒否」として明確にすることである。短期間で相手を屈服させるのではない。侵攻しても目的を達成できない、長く戦っても日本社会は崩れない。そう相手に認識させることが抑止になる。
政府は年内に安全保障関連三文書を改定する予定だ。その際には、どのような状態を達成すれば紛争を終結させるのかという「政治的終着点」も、できるだけ明確にする必要がある。目的を限定し、明示することは、専守防衛を掲げる日本だからこそできる。
「持つ」より「作り続ける」
第二に、日本は弾薬を「持っている国」から「作り続けられる国」へ変わらなければならない。防衛白書は、弾薬、燃料、装備品の可動数といった自衛隊の継戦能力は必ずしも十分ではないと認め、弾薬整備費を5年間で約1兆円から約5兆円へ増やす方針を示している。
しかし、予算を増やすだけでは不十分である。重要なのは、生産能力そのものを維持することだ。2024年の報道では、三菱重工業のPAC-3弾の生産は自衛隊向けに年約30発で、米国輸出向けを含め年60発へ拡大する計画があるものの、ボーイング製シーカーの供給不足が制約となり、増産には数年かかるとされた。
つまり、問題は「最後の工場」だけではない。その手前には何百社、何千社とつながるサプライチェーンがある。ボトルネックとなる部品まで含めた国内生産能力、平時から生産ラインを維持する長期契約、そして必要に応じて政府が設備投資を支える仕組みが必要になる。
2026年5月の日米防衛産業協力(DICAS)では、PAC-3弾の共同生産の強化策と、SM-3ブロックⅡAの生産量を約4倍に増やすための検討を加速することで合意した。日本は単なる「兵器購入国」ではなく、同盟を支える「工廠」になれる。これは日本自身の防衛力を高めるだけでなく、米国の弾薬・ミサイル在庫の脆弱性を補う意味でも重要だ。
「高価な1発」より「安価な1000個」
第三に、防御の重心を安価で大量の手段へ移すことである。1発数億円、場合によっては数十億円もする迎撃ミサイルを大量に消費して、安価なドローンを撃ち続ける戦い方には限界がある。だからこそ、無人機、無人艇、機雷、デコイ、電子戦、レーザーなど、比較的安価で大量に配備できる手段を組み合わせる必要がある。
重要なのは、高性能な兵器を少数持つことだけではない。相手が大量に攻撃してきても、それ以上の速度で防御側が数を増やせる仕組みを持つことだ。島国日本なら、海と空の監視、無人システム、機雷、電子戦を組み合わせ、周辺海空域への侵入コストを極限まで高めることができる。これは専守防衛の理念とも最も親和性が高い。
「撃たれない」より「撃たれても戻る」
第四に、抗たん性を高めることである。現代戦では、攻撃を完全に受けないことは難しい。司令部、航空機、弾薬庫を分散し、通信と電力を冗長化し、損傷した装備を短期間で修理する。令和9年度概算要求にも、主要司令部の地下化や航空機のえん体、火薬庫の整備が盛り込まれている。
そして、サイバー攻撃を受けても行政、金融、通信、電力を動かし続けることだ。これは軍事政策だけでなく、サイバーセキュリティ、エネルギー、通信、金融、地方自治体の危機管理まで含めた国家全体の問題である。現代の戦争では、サイバー空間もまた消耗戦の戦場になる。攻撃側が新しい手法を開発すれば、防御側はシステムを更新する。AIを使った攻撃に対して、AIを使った防御を開発する。ソフトウェアもまた、絶えず更新される「弾薬」になっている。
「自衛隊」だけでなく「国家」を守る
第五に、国全体の持久力を防衛力の一部として扱うことである。石油備蓄とエネルギーの調達先、原子力を含む電源の安定確保、日本籍船と日本人船員、食料、医薬品、半導体、通信、データセンター、金融システム。これらは一見すると「防衛」とは別の政策に見える。しかし戦争が長期化したとき、これらが止まれば自衛隊も戦い続けられない。国家の持久力そのものが、防衛力なのである。
「短期決戦」を前提にしてはいけない
シャドロー氏が指摘する米国の危うさは、消耗戦に勝てないことではない。消耗戦を戦わずに済むという前提で、軍事・産業・政治の仕組みがつくられていることである。
これは日本にも当てはまる。「有事になれば短期間で米軍が来援し、決着がつく」。日本の安全保障を、この前提だけに置くことはできない。米国自身が、長期戦に必要な弾薬と迎撃ミサイルの在庫、生産能力、サプライチェーンを問題にし始めているからだ。
しかし、ここには日本にとっての可能性もある。日本は島国である。専守防衛を掲げている。そして世界有数の製造業基盤を持つ。この三つを組み合わせれば、「相手を短期間で打ち負かす国」ではなく、「相手が目的を達成できない状態を長期間維持できる国」をつくることができる。
これからの防衛力とは、戦車や戦闘機の数だけではない。弾薬を作る工場、部品を供給する中小企業、電力を供給する発電所、海を走る船、通信を守るサイバー人材、損傷した装備を修理する技術者、そして攻撃を受けても社会を動かし続ける企業と国民。そのすべてを含めた「国家の持久力」が防衛力なのである。
戦争の時代が「短期決戦」から「消耗戦」へと変わりつつあるのなら、日本もまた防衛の物差しを変えなければならない。「何機持っているか」だけではなく「何日戦えるのか」。「何発持っているか」だけではなく「何発を作り続けられるのか」。そして何より、「攻撃されたとき、日本社会は何日、何カ月、機能し続けられるのか」。
この問いから、日本の安全保障を考え直すべき時が来ている。短期決戦の幻想を捨てること。それが、消耗戦の時代における日本の防衛政策の出発点ではないだろうか。
【参考】
- Nadia Schadlow, “America’s Attrition Trap,” Foreign Affairs(2026年9月18日)
- 米議会予算局(CBO)イラン戦争の費用に関する分析(2026年9月15日)
- CSIS, “The First Battle of the Next War”(2023年1月)
- Alex Vershinin, “The Return of Industrial Warfare,” RUSI(2022年6月)
- Phillips O’Brien, How the War Was Won(2015年)
- 防衛省「令和9年度概算要求の概要」、防衛白書、防衛大臣記者会見(2026年5月20日)
- 資源エネルギー庁・経済産業省 石油備蓄放出に関する資料(2026年)







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