米国はAIを「超知能」と呼び替えた:300語の協定と、日本に問われる国の意志

米国の連邦政府では、もう「AI」という言葉は使われない。

2026年9月29日、トランプ大統領は「スーパーインテリジェンスの時代の幕開け」と題する大統領令に署名した。連邦政府の公式文書やウェブサイトでは、「人工知能(AI)」に代えて「スーパーインテリジェンス(SI)」を使うことになった(CNBC)。新しい名前は、その前の週に大統領がSNSで支持者に「SUPER INTELLIGENCE」と「SUPERIOR INTELLIGENCE」のどちらがよいかを尋ねて決めたものだという(CNBC)。

同じ日、ホワイトハウスではもう一つ、はるかに重要な文書に署名がなされた。Google、Anthropic、Meta、OpenAI、Nvidia、xAIのトップ6人が名を連ねた「超知能に関するホワイトハウス協定」である。大統領はこれを「憲法のようなもの」と呼び、「道徳的な拘束力がある」と胸を張った(The Hill)。

名前の話は笑い話で済む。しかし協定の方は、今後の世界のAIルールを左右しかねない。そして、この協定に至る一週間の出来事を並べると、日本にとって見過ごせない構図が浮かび上がる。

300語の協定に何が書いてあるか

協定は2ページ、英語で300語あまりしかない(Forbes)。五分で読み終わる。

中身は、AIを開発する各社が自主的に設ける「四層の管理と監査」である。

  • 第一層は社内の管理で、サイバー、生物、化学の脅威などについてモデルの能力を監視する。「モデルが意図せず技術システムをハッキングしたり、アクセスしたりしないようにする」という一文が入った。
  • 第二層は、その管理が機能しているかを確かめ、問題を直す社内チームである。
  • 第三層は、外部の独立した監査人・評価者による点検である。
  • 第四層は取締役会の独立委員会で、社内と外部の報告を受けて是正を監督する。

「ハッキングしない」とわざわざ書いたのには理由がある。AIエージェントが暴走し、政府のデータベースへの侵入を試みるといった事案が相次いでいたからだ(CNN)。AIの安全は、もはやSFの話ではなく、情報セキュリティの事故として扱われ始めている。

末尾には「時間をかけて、これらを法や規制に成文化するのが理にかなうかもしれない」とある。法制化は「かもしれない」にとどまった。

「自分の宿題を自分で採点する」

四層構造は、企業の内部統制とよく似ている。現場の管理、社内の点検、外部監査、取締役会の監督。AIの安全を、技術者の問題から経営の問題に引き上げた点は評価してよい。

だが、肝心の部品がない。何をもって「管理が機能している」とするのか、基準が書かれていない。外部の評価者を誰が務めるのかも決まっていない(Al Jazeera)。違反したときの罰則もない。

豪ニューサウスウェールズ大学AI研究所のトビー・ウォルシュ氏は、「自分の宿題を自分で採点する1兆ドル規模の産業がほかにあるか」と皮肉った(Al Jazeera)。

会計監査でも、監査人を雇うのは監査される企業自身である。それでも信頼が成り立つのは、公的な会計基準があり、監査人を監督する機関があるからだ。米国ではエンロン事件の後にSOX法ができ、その監督機関が生まれた。AIにはまだ、基準も監督機関もない。

アジア・ソサエティ政策研究所のアルビン・ワン・グレイリン氏は、もう一つの欠落を指摘する。国境を越える問題への対応がないことだ(Al Jazeera)。米国企業が社内の管理を強めても、他国で開発され、国境を越えて使われるAIの問題は残る。そこから先は、企業ではなく国家どうしが決めるしかない。

逆説の一週間:ルールを求めた企業、拒んだ大統領

この協定は、日付を追って読むと意味が変わる。

  • 9月12日:アモデイ氏が論考を発表し、AI各社に開発ペースを落とすよう呼びかけた。外部の評価者に最先端の研究所への完全なアクセスを認めることも求めた。アルトマン氏とマスク氏が賛同し、Nvidiaのフアン氏は懸念は大げさだと退けた(Fortune)。これに対しトランプ大統領は、AIの存亡リスクを「でっち上げ」と切り捨てた(Fortune)。
  • 9月21日:20か国とEUが、AIを「人間による指示・監督・管理」の下に置くよう求める共同宣言を出した。基準を定め、遵守を検証する国際機関の設立の検討も盛り込んだ。米国と中国は加わっていない(Al Jazeera)。
  • 9月22日:トランプ大統領が国連総会で演説し、AIを管理しようとする「グローバリスト的な仕組み」に反対すると表明した(Al Jazeera)。
  • 9月23日:アルトマン氏とアモデイ氏が国連安全保障理事会で、AIが自らを改良し人間の制御を超えるおそれに備え、基準をめぐる国際協力が必要だと訴えた(Bloomberg)。
  • 9月29日:同じアモデイ氏らが、ホワイトハウスで自主規制の協定に署名した。

米国の最先端企業のトップが国連で国際ルールを求め、米国の大統領がそれを拒む。その一週間後、両者が手を握ったのが今回の協定である。協定は、国際ルールを拒んだ米国が差し出した「代わりの答え」と読むのが自然だろう。

しかも、開発の減速をめぐって立場が割れていた企業が、同じ文書に署名した。各社が一致できたのは「開発を遅らせること」ではなく、「自社の中で管理し、外部に点検させること」までだったとも言える。

ルールは会議室にいる者が書く

国際ルールは、交渉の場にいる国の利害に沿って書かれる。その場にいない国は、できあがったルールに従うしかない。

実は日本は、AIのルールづくりで意外なほど先頭にいた国である。

2023年、G7議長国だった日本は「広島AIプロセス」を立ち上げ、高度なAIを開発する組織向けの国際行動規範をまとめたと言われている。翌2024年のAIソウル・サミットの宣言も、この広島の行動規範を取り込む形で国際協力をうたったとされる。

あまり知られていないが、日本は欧州評議会の「AI枠組み条約」にも関わっている。AIに関する初めての法的拘束力のある国際条約で、日本は2025年2月に署名した。外務省によれば、日本はアジアで唯一の欧州評議会オブザーバー国として、この条約の起草に貢献した。署名は、国際的な枠組みの議論に参画し貢献する日本の姿勢を内外に示すものだとしている(外務省)。

つまり日本には、米国とも欧州とも話ができる立場と実績がある。問題は、それを今の局面で使う意志があるかどうかだ。

日本に問われる国の意志

いまAIの国際ルールは、米国の「企業の自主規制」と、欧州などの「国際機関による監督」という二つの方向に分かれつつある。どちらが主流になっても、日本企業はそのルールの下で事業をすることになる。ならば、黙って結果を待つのではなく、ルールを書く側に回るべきだ。そのために必要なのは技術や予算より先に、国の意志である。具体的には三つの行動を提案したい。

  • 国際機関をめぐる議論に主体的に加わるべきだ。20か国とEUの宣言は、他国の支持に開かれている(Al Jazeera)。どのような権限を持つ機関なら支持できるのか、日本としての立場を早く示すべきである。
  • 米国と多国間の枠組みの橋渡し役を担うべきだ。米国の協定は独立した外部評価を掲げ、20か国の宣言も独立評価を求めている。方向は重なっている。広島AIプロセスの経験を持つ日本なら、両者に通じる共通の評価基準を提案できる。
  • その足場を国内に固めるべきだ。第三者評価を担う人材と機関を育て、AIマネジメントシステムの国際規格ISO/IEC 42001(日本ではJIS Q 42001)のような既存の枠組みを評価の土台として示す。自国で評価できない国は、評価基準づくりで発言できない。

トランプ大統領はAIを「超知能」と呼び替え、企業の道徳に安全を託した。名前を変えるのは一日でできる。しかしルールづくりの場で信頼を得るには何年もかかる。広島で旗を振った国として、日本はもう一度、自らの意志でその場に立つべきである。

【出典】

  • 大統領令と呼称変更、名前の選び方:CNBC(com、2026年9月29日)
  • 協定の全文:Forbes(com、2026年9月29日)
  • 協定の署名と大統領の発言:The Hill、CNN(2026年9月29日)
  • 20か国とEUの宣言、国連総会演説、専門家の評価:Al Jazeera(com、2026年9月22日・29日)
  • アモデイ氏の論考と各社・大統領の反応:Fortune(com、2026年9月23日)
  • 国連安保理での発言:Bloomberg(com、2026年9月23日)
  • 欧州評議会AI枠組み条約への署名:外務省(go.jp、2025年2月11日)

 

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