
10月初めの金曜日、所用があって東京に来ました。6月以来3か月半ぶりの久しぶりの東京。中央区・月島あたりをぶらつきます。

大江戸線と有楽町線が交わる月島駅。その北にあるのが佃地区。江戸時代初期に大阪の漁師が入植した場所で、かつては佃島と呼ばれる干潟を石垣で囲って造成した島でした。今でも入植者がもともと住んでいた大阪市西淀川区には佃という地名が残ります。
高層ビル群を間近に控える下町、佃

隅田川を挟んだ対岸には銀座も控える都会中の都会ですが、佃小橋を渡った西側がもともとの佃島だったエリアはその喧騒から離れた昭和の下町風情が漂っています。

佃小橋から眺める佃の船溜まり。閘門を経て隅田川にも出られる堀のような場所には何艘かの船が停泊しています。長閑な雰囲気満点の船溜まりの向こうにそびえ立つのが聖路加タワー。下町風情と超高層ビルが競演を見せる場所です。

佃島にはこちらもやはり大阪の佃にあった住吉神社の分霊を祀ったもの。江戸時代初期の入植の際に神主も江戸に入り、この神社を開きました。当時は隅田川の河口に位置し、航行の守り神として崇められていました。

鰹塚なる石碑がありました。昭和28年に鰹節の生産組合が鰹を供養するために建てたものです。今も豊漁を願って祈願祭が行われます。

社殿の脇に立つ古いレンガ造りの建物は旧神輿庫。今は別の場所に保管されているようですが、これだけ頑丈な造りの庫に保管されているのは、祭り、特に神輿を大切にしている証。この半月ほど前には3年に一度の例大祭が行われていました。


大正時代に建てられた銅製の灯籠。実はあの有名な日本橋の麒麟像や上野の西郷隆盛像を鋳造した岡崎雪聲が作ったものなんだそう。そういわれるとなんだかありがたみが増してきます。

住吉大社の北側には、さきほど佃小橋から眺めた船溜まりに続く水路が流れています。これを超えると石川島。かつては別の地域でしたが今は石川島も合わせて佃と呼ばれています。
嘉永6年に水戸藩によってここに造船所が作られました。明治維新の後に民間に払い下げられると石川島造船所と名付けられ、造船の需要の高まりを受けて急成長していきます。その会社がIHI(旧社名石川島播磨重工業)です。

石川島と佃島の境には石川島灯台(複製)があります。当時は隅田川の河口だったこの場所を照らすことによって東京湾を航行する船の安全を守るために作らせました。このあたりはかつては軽罪人が拘留され自立支援を促していた場所「人足寄場」であり、この灯台も彼らに作らせていました。

石川島灯台から川向こうの築地を望む。

石川島から橋を渡り、再び佃島に戻ります。佃島の渡し跡は佃島と対岸の築地を結ぶ渡船でその船賃から明治時代は「五厘渡船」と呼ばれていました。昭和39年に佃大橋ができるとその役割を終えて廃止されます。

佃島の中は銀座から2キロとは思えない昭和の装い。

路地の片隅には、かつての暮らしを支えたであろう「田水鉢」がプランターとして再利用されていました。

そして路地の片隅には井戸ポンプも!三重県のわたしの祖母の家にもあったので懐かしくなりました。今も現役で使えるようで、大切に扱われているのがわかります。しかし海の真ん中の島で井戸から真水が出るというのも不思議なものですね。

こういう路地、思わず入り込んでしまいたくなりますね。
いざ!月島もんじゃストリート

佃の街並みを後にして、月島駅方面に戻ります。月島といえば、もんじゃ。
月島には「月島もんじゃストリート」と呼ばれる、もんじゃ屋が並ぶ通りがあります。壱番街から四番街までの間に80を超えるもんじゃ屋が軒を連ねている、全国屈指のもんじゃ激戦区です。

もんじゃはもともと小麦粉と水と砂糖だけで作られた東京の下町エリアの子どものおやつとして普及しました。その液体で文字を作って遊びながら焼いたことから「文字(もんじ)焼き」と呼ばれ、それが転じて「もんじゃ」と呼ばれるようになりました。
それが戦後になるとキャベツや海鮮などを入れて食事としていただくものに進化していきました。キャベツで土手を作って出汁を流し込むという焼き方はその進化の中で生まれたものです。

というわけで、数ある月島のもんじゃ焼き屋のなかから「もへじ はなれのはなれのはなれ」に入ります。「はなれのはなれのはなれ」。要するに4号店ということです。

明太子もちもんじゃ、チーズトッピング!
もんじゃは素人が作るにはハードルが高いからなのか、店員さんが焼いてくれました。サザンの曲ばかりが流れる中で手際よく焼いてくれます。明太子のにおいが香ばしい。最後、鉄板にはいついたちょっと焦げ気味のチーズまでへらではがしていただきました。
隅田川を渡るだけで都会の喧騒から離れられる佃、月島。東京に来たついでにふらっと立ち寄れる心落ち着く場所でした。大きな見どころがあるわけではないですが、それもよし。昭和風情を感じながら歩いて見るもがいいと思います。
編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年10月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。







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