ロシアの生物兵器「変形ペスト菌」に警戒か

ロシアのイルクーツク州のシベリアにあるペスト対策を専門とする「イルクーツク・シベリア極東ペスト対策研究所」で勤務していた28歳の女性職員(ダリア・シピロワさん)が2日、原因不明の肺炎でイルクーツク近郊にあるシェレホフ市の病院で死亡した。同ニュースが報じられると、国際社会は警戒心を示している。

安全保障理事会メンバーとの会合を開くプーチン大統領、2026年10月7日、クレムリン公式サイドから

シベリア極東ペスト対策研究所は1930年代に設立され、シベリアやモンゴル国境付近に自然に存在するペスト菌やコレラなどの危険な感染症を監視・研究する公衆衛生施設だ。ソ連は1970年代から「バイオプレパラト」と呼ばれる巨大な秘密組織を通じて大規模な攻撃用生物兵器開発を行ってきた。学術的な研究によれば、このイルクーツクの研究所を含むソ連国内の広範な感染症防衛ネットワークは、当時生物兵器プログラムと密接な情報・技術連携があったことで知られている。

ロシアの疾病管理当局であるロスポトレブナドゾール(ロシア連邦消費者権利保護・福祉監督庁)は5日、「ペスト対策専門研究所に勤務していた女性の死因は原因不明の肺炎」と発表し、「患者から採取された検体からは業務に関連する微生物は検出されなかった」という。インテルファクス通信社が報じた。

一方、現地の独立系メディアは「女性がペスト菌の入った試験管を誤って割り、肺ペストに感染した」と報じた。ロシア保健当局はペスト感染を公式に否定しているが、女性と接触した約200人を隔離するなど大規模な防疫措置をとっている。

当局は、イルクーツク州およびイルクーツク市とシェレホフ市における衛生・疫学上の状況は安定していると発表した。現在、「一連の対策」が実施されているという。イルクーツク市内の総合病院2カ所と小児病院1カ所が隔離措置の対象となったという。

肺ペストは、ペスト菌(Yersinia pestis)によって引き起こされ、ペストの中で最も致死性が高く、多くの場合、発症から24時間以内に症状が現れる。抗生物質による治療が可能だが、早期の治療開始が必要だという。

ところで、米国の保健当局は肺ペストの疑いがあると判断している可能性が見られる。トランプ米大統領は「近いうちにロシアのプーチン大統領にその件で話し合う予定だ」と述べている。米疾病対策センター(CDC)はX上で、「ロシアのイルクーツク州で肺ペストの疑いがある死亡事例の報告を把握している」と発表した。

これに先立ち、米国務省はロシア当局に対し、迅速かつ透明性を持って情報を共有するよう求めている。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは米政府高官の話として、同研究所職員の死亡に関する詳細を公表しなければ国際的な保健上の義務に違反することになると、ロシア側に警告している。

また、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は7日、X上で、重度の肺炎の原因や関与した病原体を特定するため、また原因不明の肺炎を患っているとされる2人目の職員に関する報道に対応するため、詳細な情報の提供をロシア側に要請した。「相反する報道を解明し、公衆衛生上の潜在的リスクを正確に評価するためには、『国際保健規則』に基づく、適時かつ完全で透明性のある情報共有が不可欠だ」と述べている。

米国のルビオ国務長官は「他のあらゆる事柄と同様に、こうした事態が外部に漏れ出せば、急速に拡大する恐れがある。直ちに警戒を要する事態とは考えていないが、油断せず、事態を注視すべき状況ではある」と語った。

米国の大統領と国務長官がロシアの原因不明の肺炎死について言及し、支援を申し出るということ自体、米国はシベリアの事案が深刻だと判断している可能性がある。

米国を始め国際社会が懸念している点は、ロシアが通常のペスト菌ではなく、機能獲得実験で抗生物質が効かないように遺伝子操作され、感染力を極限まで高めた「変形ペスト菌」を製造、それが流出した可能性だ。ペスト対策研究所は通常、何らかの不祥事に備えて抗生物質を保管しているから、通常のペスト菌の場合、大きな問題は生じない。

国際社会はロシア発の情報に強い不信感がある。実際、1979年にソ連のスヴェルドロフスク(現在のエカテリンブルク)の軍事生物兵器施設から炭疽菌が漏出し、多くの市民が死亡した際、ソ連政府は長年にわたり「腐った肉を食べたことによる自然発生だ」と嘘の隠蔽工作を行ったことがある。

ソ連解体後、後継国ロシアは生物兵器の製造を停止したが、ウクライナの軍事情報機関などは、ロシアが近年、軍事目的を兼ねた生物研究施設や防衛プログラムを密かに拡大していると指摘している。生物兵器用の変形ペスト菌が流出した場合、世界の安全保障上に重大な脅威(バイオハザート)となる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年10月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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