ドイツ・メルツ政権のバース労働相の辞任から見える問題

ドイツのメルツ政権で労働・社会相を務めてきたベアベル・バース氏が12日、辞任を表明した。同時に、社会民主党(SPD)の共同党首の立場も降りるという。「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)とSPDから成るメルツ連立政権はSPDのトップの突然の辞任に少なからず動揺している。

労働相と共同党首から辞任を表明したバース氏(左)、SPD公式サイトから

バース氏(SPD)は辞任の理由として、インスタグラムで「義理の娘が亡くなった。この悲しみを乗り越えるためには時間が必要だ」と自らの家庭の事情を挙げる一方、「連立パートナから私の政策に激しい攻撃が強まっていた」と述べ、連立政権内、特に、CDU内からバース労働相の社会・労働政策に強い不満の声があったことを浮き彫りにさせた。

メルツ首相(CDU党首)は12日、「バース労働相とは1年半余り共に歩んできた。その労働相の辞任は寂しいが、労働相の家庭事情を考慮すべば、その決定を尊重する」と述べ、クリングバイルSPD共同党首は「バース氏から10日に辞任する意向を受け取っていた。厳しい状況下で責任を担ってくれたことに感謝する」と説明していた。

ドイツ民間放送ニュース専門局ntvの世論調査にょると、CDU.CSUとSPDの連立政権への支持率は低下している。CDU・CSUの支持率は19%、SPDは14%で、現メルツ連立政権の支持率は辛うじて30%を超える状況だ。メルツ政権への国民の批判は日増しに高まってきている。特に、メルツ首相の支持率は歴代首相の中でも最低を記録中だ。バース氏の辞任表明は現連立政権にとって大きなマイナス材料だ。

メルツ政府は7月2日、低迷する経済の活性化と低所得者層への支援を目的とした包括的な改革パッケージについて合意した。数ヶ月にわたる内部対立を経て、CDU/CSU(キリスト教民主・社会同盟)とSPD(社会民主党)から成る連立政権は、この動きを通じて政策実行能力を証明しようとしてきた。

ただ、CDU/CSUとSPDの間では経済政策から高齢化に伴う社会保障政策に到るまで基本的な対立がある。政策を決めて、それを実行する段階に入るまでに時間がかかる。

例えば、年金制度改革と定年年齢の扱いでもCDU/CSUとSPDの間では違いがある。バース労働相は 伝統的な福祉国家の維持を重視し、労働者の権利や年金受給水準の確保を優先することを重視する。高齢化が進む中でも、法定定年年齢のさらなる引き上げには慎重であり、年金支給額の水準維持に腐心する。

一方、メルツ首相を初めととしたCDU/CSU側の立場は 将来的な人口動態を見据え、現行の年金制度は持続不可能であると厳しく批判。財政負担を軽減するため、実質的な定年年齢の引き上げや、受給開始年齢を平均余命と連動させるなどの抜本的な年金改革(受給抑制・拠出見直し)を強く主張してきた。

労働者の権利保護、雇用問題に到る経済分野でも、CDU/CSUとSPDの間には乗り越えることが難しい相違がある。バース労働相は 低所得層や労働者の生活安定を第一に掲げ、手厚い失業補償や労働保護ルールの維持・強化を推進してきた。一方、CDU/CSU側は 現在のドイツ産業界がエネルギー価格の高騰や中国との競争激化に直面していることから、「手厚すぎる労働者保護が企業の経済改革や競争力回復の妨げになっている」と批判。規制緩和による雇用の柔軟化や、労働コストの抑制を求めている、といった具合だ。

政治は妥協と連携と言われるが、その妥協が次第に難しくなってきていた。その結果が、バース労働相の辞任につながった、という見方が有力だ。CDUの保守派議員らは、バース氏が管轄する労働省の膨大な社会保障予算が経済成長のための投資を圧迫しているとみなし、同氏に対する公な政治的攻撃を強めていた。

ドイツの政界は戦後からSPDとCDU/CSUの2大政党の大連立政権が長く続いてきた。両党ともその政治信条の違いを妥協と連帯で乗り越えてきた。その意味で、メルツ政権の両党内の対立は珍しいことでもない。問題は、ロシアのウクライナ侵攻、それに関連してエネルギーコストの急騰、国防費の増加など、ドイツを取り巻く国際情勢は急変してきた。それがドイツ経済に大きな負担となって跳ね返ってきていることだ。すなわち、メルツ政権が対峙している諸問題は複雑であり、予測不能の課題が多いことも事実だ。

なお、バース氏の後任には、西部ラインラント・プファルツ州の前首相、アレクサンダー・シュバイツァー氏が就く。共同党首の後任は明らかになっていない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年10月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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