企業別組合の限界:企業内部の互恵はなぜ市民の連帯へ発展しなかったのか

島澤 諭
ポイント
  • 「身内」しか守らない仕組み:日本の労働組合は会社ごとに作られているため、自社の正社員を守ることに必死になり、他の会社や非正規雇用の人たちと協力できませんでした。

  • 戦時中から続く「会社は家族」という意識:会社と社員は運命を共にするという考え方は、実は戦時中の仕組みを引き継いだものです。

  • 身内だけの助け合いが招いた分断:思想家ジェノヴェージが説く「市民的互恵」とは違い、日本の組合は会社の中だけで助け合い、外にいる下請けや非正規の人たちを置き去りにしてしまいました。

  • 雇用維持と引き換えに賃金がストップ:不況時には賃上げよりも「自社の雇用を守ること」を優先し、ストライキなどで会社と戦うこともやめてしまいました。

  • 会社を守る行動が、日本全体の賃金低下に:組合が会社に協力しすぎた結果、労働者側の交渉力が奪われ、日本全体の長期的な賃金低下を招いてしまいました。

  • 解決への道筋:日本全体の賃金を上げるには、「自社さえ良ければいい」という枠を抜け出し、働く人全体で広く助け合う関係を作ることが求められています。

なぜ企業の成長が賃金上昇につながらないのか

日本の企業別組合は、企業内部に安定した労使関係を築き、正社員の雇用と生活を支えてきた。しかし、その協調関係は企業の外へ広がらず、中小企業や非正規雇用を含む働く人々全体の連帯には発展しなかった。企業内部の雇用を守る合理的な判断が社会全体の賃金抑制につながり、ストライキの回避が労働運動の交渉力を弱めるという逆説も生じた。

本稿では、この逆説を企業別組合の歴史的な成り立ちから検討する。その手掛かりとなるのが、互恵性と公共的信頼を重視したアントニオ・ジェノヴェージの市民経済論である。ジェノヴェージの視点から見れば、問題は労使協調そのものではなく、企業内部に形成された互恵が、企業や雇用形態の違いを超えた市民的互恵へ発展しなかったことにある。

なぜ日本では企業が利益を上げても、働く人々全体の持続的な賃金上昇につながりにくいのか。その答えを探るには、労働組合の衰退だけでなく、労働者を「働く人」ではなく「自社の社員」として組織してきた企業別組合の原理そのものを問い直す必要がある。

戦前日本における労働運動の発展と挫折

戦前の日本にも労働運動は存在した。工業化の進展と都市労働者の増加に伴って労働争議が増え、企業を超えた労働者組織を形成する動きも生まれた。しかし、日本の労働運動は欧州のような強力な産業別組合へ成長する以前に、国家権力と企業経営者の強い警戒に直面した。

当時の政府や経営側は、労働者が企業を超えて結集し、社会的、政治的な発言力を持つことを秩序への脅威として受け止めた。労働運動への監視と抑制が続いた結果、産業全体を基盤とする組織は、社会の中核として成熟する機会を十分に得られなかった。

この戦前期の挫折は、戦後の企業別組合を理解する上で重要である。日本では、産業別組合が発展した後に企業別組合が選択されたのではない。産業別労働運動が十分に定着する以前に国家による統制が強まり、企業を超えた組織化の展望が閉ざされたところへ、企業単位の組織原理が浸透していったのである。

戦時体制が定着させた企業共同体思想

1930年代後半以降、日本が総力戦体制へ移行すると、労働者と経営者の利害対立は国家目標の達成を妨げるものとして扱われるようになった。そこで強調されたのが、企業を一つの家族と捉え、経営者と労働者を共通の運命を担う構成員とみなす企業共同体思想である。

この思想の下では、労働者は経営者に対して独自の利益を主張する主体ではなく、企業の発展と国家目標の実現に協力する主体として位置付けられた。経営者と労働者の間に存在する利害の違いは企業共同体の調和の中へ吸収され、企業の成長がそのまま労働者の生活向上につながるという理解が広がった。

企業が安定してこそ雇用が守られ、企業が成長してこそ賃金も上昇するという考え方には、一定の経済的根拠がある。しかし、企業利益と労働者利益の一致を当然視すれば、労働者が企業から独立して自らの利益を判断する余地は狭くなる。後の企業別組合を支えた「企業の発展こそが従業員の利益である」という発想は、こうした戦時期の企業共同体思想と歴史的な連続性を持っている。

産業報国会による労働者の企業内統合

企業共同体思想を具体的な組織へ転換したのが産業報国会であった。産業報国会は、労働条件の改善や賃金交渉を目的とする労働組合ではなく、経営者と労働者を企業単位で統合し、生産力の向上を通じて戦争遂行に協力させる組織であった。

そこでは労使対立という発想そのものが退けられ、経営者と従業員は同じ組織に所属し、企業の発展と生産性向上を共通目標として活動した。労働者に求められたのは、企業との交渉を通じて独自の利益を実現することよりも、企業共同体の一員として生産に貢献することであった。

重要なのは、日本社会が産業別組合による横断的な労働者連帯を十分に経験する以前に、企業ごとに労働者を統合する仕組みを全国規模で経験したことである。企業単位の組織網、人間関係、運営経験が職場に蓄積され、それが敗戦後の労働組合結成を支える既存の基盤となった。

戦後民主化の中に残された戦時期の組織原理

敗戦後、日本では民主化が進み、労働組合の結成が積極的に奨励された。労働者には団結権、団体交渉権、団体行動権が保障され、戦時期とは異なる自立した労働運動が急速に広がった。しかし、新たな組合は完全な白紙から作られたわけではない。

職場にはすでに企業単位の組織網と人間関係が存在していたため、戦後に誕生した組合の多くも企業または事業所を単位として組織された。企業別組合は戦後民主主義の成果であり、産業報国会をそのまま継承した組織ではない。しかし、労働者を企業単位でまとめ、企業内部の調和を重視する組織原理には、戦時期との連続性が認められる。

この意味で企業別組合は、戦時体制からの断絶と継承を同時に含む存在であった。法的には、労働者が経営側と対等に交渉するための自主的な組織となったが、その組織範囲は企業内部に置かれた。その結果、日本の労働運動は、企業を超えた労働者全体の利益よりも、自社従業員の雇用と処遇を優先する方向へ発展したのである。

高度経済成長が覆い隠した構造的な限界

企業別組合は高度経済成長期に大きな成果を上げた。当時は企業の成長が雇用拡大と賃金上昇を同時にもたらし、企業利益と労働者利益が現実に重なっていた。組合は経営側との協議を通じて賃金や福利厚生の改善を実現し、同時に生産性向上や合理化にも協力した。

経営側にとっても、企業別組合は有効な存在であった。組合が経営状況を理解し、経営上の判断を従業員へ説明する役割を担うことで、労働争議による生産停止の危険が抑えられ、長期的な設備投資や人材育成を進めやすくなった。企業別組合は労働者の利益代表であると同時に、企業経営を安定させる統治機能も担ったのである。

しかし、この成功は企業別組合の組織原理があらゆる時代に有効であることを示すものではなかった。企業が継続的に成長し、その成果を正社員へ分配できるという条件の下で、企業共同体内部の利害一致が成立していたにすぎない。経済成長が鈍化し、企業利益と労働者所得の動きが乖離すれば、経営側との緊密な関係は、労働者の利益を企業利益へ従属させる要因に転化する。

企業別組合の構造的な限界は、高度経済成長によって解消されたのではなく、成長の果実によって見えにくくなっていたのである。

ジェノヴェージが重視した互恵性と公共的信頼

アントニオ・ジェノヴェージの市民経済論は、企業別組合の問題を、労使対立の強弱とは異なる角度から捉える視点を提供する。ジェノヴェージは人間を、自己利益だけを追求する孤立した個人ではなく、他者との関係の中で幸福を実現する社会的存在として理解した。経済活動も私的利益を追求する交換に限定されず、互恵性、公共的信頼、徳を基盤として共通善を形成する営みとして捉えられる。

この観点に立てば、企業別組合が経営側との対話を重視し、企業内部に信頼と協力の関係を築いたこと自体が問題なのではない。経営者と労働者が相互の必要を認めながら生産活動を進めることには、市民経済の理念と通じる側面がある。

問題は、その互恵性が誰に向かって開かれていたかである。企業内部の協力が、下請企業、中小企業、非正規雇用者、未組織労働者を含む社会全体の共通善へつながるのであれば、企業別組合は市民社会の中間組織として積極的な役割を果たすことができる。反対に、互恵関係が自社の正社員と経営側だけに限定され、その利益を守るために企業外部の労働者へ負担が転嫁されるならば、それは市民的互恵ではなく、閉鎖的な利益共同体の内部互恵となる。

市民的互恵へ発展しなかった企業内互恵

日本の企業別組合は、経営側と正社員の間に長期的な交換関係を形成した。労働者は企業への忠誠、生産性向上への協力、配置転換や合理化への柔軟な対応を提供し、企業は長期雇用、年功的処遇、福利厚生、退職後の保障を提供した。この関係は企業内部に強い信頼を生み、高度経済成長期には双方に利益をもたらした。

しかし、その互恵関係は企業の境界を越えて広がらなかった。企業別組合の交渉対象は自社の経営側であり、その主要な関心は自社の組合員の雇用と処遇に向けられる。そのため、大企業の正社員の利益を維持する過程で、下請企業への価格引下げ圧力や非正規雇用への置換が生じても、それらは組合自身の中心的な課題になりにくかった。

ジェノヴェージの市民経済論が重視する互恵性は、閉鎖された集団の構成員だけが利益を交換する関係にとどまらない。それは、人々の相互承認を通じて協力を広げ、個別の利益を共通善へ接続する開かれた関係である。

この基準から見れば、企業別組合の限界は互恵性を欠いていたことではなく、互恵性を企業内部に閉じ込めたことにある。企業内部に協力と信頼を築く一方で、企業を超えた労働者の相互承認と連帯を形成する回路を十分に持たなかったのである。

企業特殊的信頼と公共的信頼の断絶

ジェノヴェージは、経済活動の基礎として公共的信頼を重視した。経済社会は、契約や法的強制だけで動くものではなく、他者が約束を守り、協力に応じるという期待に支えられている。公共的信頼とは、同じ会社や同じ集団の構成員だけに向けられた信頼ではなく、異なる立場にある人々を社会の構成員として相互に承認するための基盤である。

企業別組合も企業内部には強い信頼を形成したが、それは特定企業への所属を前提とする企業特殊的な信頼であった。「同じ会社の仲間」であることが信頼の基礎になるほど、その外側にいる転職者、非正規雇用者、下請企業の労働者、未組織労働者との境界は明確になる。

自社の存続と正社員の雇用を守るために外部の労働者へ負担が移されるならば、企業内部の互恵性は社会全体の分断を強めることになる。企業別組合は企業特殊的な信頼の形成には成功したが、それを市民社会に開かれた公共的信頼へ転換できなかったのである。

労働組合から企業利益共同体への変質

労働組合は、個人と企業、個人と国家の間に位置する中間組織である。本来の中間組織は、構成員の利益を守るだけでなく、その利益を他の集団や社会全体の共通善へ結び付ける役割を担う。

ところが企業別組合は、企業内部で経営側との利害調整を重ねるうちに、市民社会の中間組織よりも企業利益共同体の一部に近づいた。企業収益が組合員の雇用や処遇を左右する以上、企業競争力の維持が組合の目標となり、自社の収益確保が優先される。企業の外にいる労働者との連帯よりも、自社の経営側との協力の方が、組合員にとって直接的な利益につながるからである。

こうして企業別組合は、企業と社会を媒介するよりも、企業と正社員を一つの利益共同体として結び付ける役割を強めた。本来ならば部分的な利益を公共的利益へ接続すべき中間組織が、自社の部分的利益を守る組織として閉じていったのである。

ストライキの回避が弱めた対等な互恵関係

企業別組合の支持者は、ストライキの少なさを安定的な労使関係の成果として評価する。しかし、ジェノヴェージの市民経済論から見れば、協力や互恵性は一方の従属によって実現される静かな秩序とは異なる。互恵関係が成り立つためには、それぞれの当事者が独立した主体として相互に承認されなければならない。

ストライキは単なる企業への打撃ではなく、労働者が独立した集団的主体として意思を表明し、経営側との対等性を支える手段である。ストライキを含む対抗能力を保持した上での協議であれば、労使協調は双方の自立を前提とする互恵関係になり得る。しかし、経営判断を組合が受け入れ、組合幹部が従業員を説得することによって事態が収められるならば、その関係は互恵的な協働よりも垂直的な調整へ近づく。

日本ではストライキの回避そのものが労使関係の成熟とみなされるようになった。その結果、組合は調整能力を高める一方で対抗能力を失い、経営側との交渉力を弱めた。長期にわたって賃金が停滞したにもかかわらず、大規模な労働争議がほとんど生じなかったことは、労使間の利害対立が消滅したことよりも、労働側がその対立を可視化し、交渉力へ転換する力を失ったことを示している。

労働者を企業ごとに分断する組織原理

企業別組合では、個々の組合の交渉力が企業の収益力に左右される。そのため、高い収益力を持つ大企業では賃金や福利厚生の改善を獲得しやすい一方、中小企業や低収益企業では経営上の制約がそのまま交渉の限界となる。労働者の待遇は、同じ産業で同様の仕事をしているかどうかよりも、どの企業に所属しているかによって大きく左右される。

さらに、企業別組合は長期雇用の正社員を中心に発展したため、派遣労働者、契約社員、パートタイマーなどを十分に包摂できなかった。企業内で働いていても雇用主が異なれば同じ組合に参加しにくく、企業との長期的な交換関係に入っていない労働者は互恵関係の外側に置かれる。

その結果、企業別組合は企業間格差と雇用形態間格差を組合組織の内外に反映した。企業内部で正社員の雇用を守る機能が強いほど、その外側にいる労働者との境界が強まり、働く人々全体の連帯は形成されにくくなったのである。

雇用維持と引き換えに進んだ賃金抑制

企業別組合は、経営状況が悪化したとき、賃上げよりも自社の雇用維持を優先する傾向を持つ。倒産や人員整理を避けるために賃金抑制を受け入れることは、個別企業の組合員にとって短期的には合理的な選択である。しかし、多くの企業別組合が同じ選択を重ねれば、企業内では合理的な判断が、社会全体では長期的な賃金停滞を生み出す。

産業別組合であれば、産業全体の賃金水準を共通の交渉課題とし、賃金の引下げを企業間競争の手段とする動きを抑制できる。これに対して企業別組合では、賃金交渉が個別企業の業績や将来見通しに従属しやすい。そのため企業側が競争力低下や将来不安を訴えるたびに、組合は自社の雇用を守るために要求を抑制する方向へ傾く。

企業別組合は自社の雇用を守ろうとしたが、その行動を企業の枠を超えて調整することができなかった。企業内部の互恵性が個々の企業の存続を支える一方で、労働者全体の所得を持続的に引き上げる力には結び付かなかったのである。

政府との協調と市民社会の後退

近年では、企業別組合の協調志向が政府との関係にも及んでいる。政労使協議や政府による賃上げ要請は、政府、経営界、労働組合が共通目標を掲げて協力する場として位置付けられている。賃上げを促す契機となり得る点で、こうした協議には現実的な意義がある。

しかし、市民経済が重視する協働は、国家が上から目標を示し、各組織を政策遂行へ動員することとは異なる。労働者自身の熟議と企業を超えた連帯から要求が形成され、政府や経営側との交渉を通じて公共的な合意へ発展することに、市民的協働の意味がある。

政府が賃上げ目標を示し、経営側が対応を検討し、労働組合がその枠内で実現方法を調整するならば、労働組合は自律した中間組織よりも政策遂行の協力機関へ近づく。企業別組合は企業共同体の内部に組み込まれてきたため、政府主導の協調的な枠組みにも適応しやすい。その結果、企業や政府との縦の関係が強まる一方、労働者同士を結ぶ横の連帯はさらに弱くなる。

戦時期の産業報国会と現代の政労使協議を同一視することは適切ではない。それでも、国家、企業、労働者組織が共通目標の下に置かれ、対立が調整によって吸収される構造については慎重な検討が必要である。問われるべきなのは協調の有無ではなく、その協調が自律した市民の横の連帯によって支えられているか、それとも国家と企業を中心とする縦の統合によって成り立っているかである。

企業内互恵はなぜ市民的互恵に至らなかったのか

企業別組合の本質的な問題は、企業内部に形成された互恵性と信頼が企業の境界を越えず、異なる立場で働く人々を結ぶ市民的互恵へ発展しなかったことにある。

企業別組合は、企業内部の労使関係を安定させ、正社員の雇用と生活を守る上で重要な役割を果たした。しかし、その安定は、労働者が企業を超えて連帯することによって実現されたものではなく、それぞれの企業共同体へ組み込まれることによって実現されたものである。そのため、企業内部では経営者と正社員の間に強い信頼が形成される一方、大企業と中小企業、正社員と非正規雇用者、組合員と未組織労働者を横断する公共的信頼と連帯は育ちにくくなった。

ジェノヴェージの市民経済論が示しているのは、安定や協調が存在するだけで健全な経済社会が成立するわけではないということである。重要なのは、その協調が特定の利益共同体の内部だけで完結するのか、それとも企業や雇用形態の違いを超えて人々を結び、個別の利益を共通善へ接続するのかという点にある。

企業別組合が形成した互恵性は、自社の経営側と正社員を結び付けることには成功したが、働く人々全体を結ぶ市民的互恵へ展開する回路を持たなかった。その結果、それぞれの企業では雇用を守るために賃金要求を抑えることが合理的となり、それぞれの組合では経営側との対立を避けることが組合員の利益となった。個別企業の内部では合理的な選択が繰り返されながら、その集積が社会全体の賃金停滞と労働運動の弱体化をもたらしたのである。

日本社会の賃金停滞や労働運動の弱体化を説明する鍵は、企業別組合という組織原理そのものにある。企業別組合は互恵性を欠いていたのではない。互恵性を企業内部に閉じ込め、市民社会を横断する互恵へ発展させなかったのである。


編集部より:この記事は財政学者・島澤諭氏のnote「市民経済論で読む日本」2026年10月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は島澤氏のnote「市民経済論で読む日本」をご覧ください

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