
(前回:m3.com とは何者か:学会サイトを開いたらm3がいた)
専門医制度が学会を減らせない
医学系学会が多すぎる。そう分かっていても、学会はなかなか減らない。
理由の一つは、学会参加や講習受講が専門医資格の取得・更新と結びついているからだ。医師が自由意思で学会へ行くのではなく、資格を維持するために単位を集める。すると、参加費、会費、配信、決済、出席記録、事務局という市場が生まれる。
m3は専門医を認定していない。しかし、制度が生み出した事務と参加需要を支えるプラットフォームにはなり得る。
これは学術活動なのか。それとも、資格制度によって維持される「撤退不能な産業」なのか。
演題が集まらない学会を、なぜ維持するのか
前回も引いた、京都大学医学部附属病院肝胆膵・移植外科の波多野悦朗教授のコラム「学会参加を見直す」には、具体的な数字がある。
2026年4月から7月までの約3カ月間に、肝細胞癌の「切除可能性」を扱う類似セッションが五つの学会・研究会で開かれる。同じようなテーマを、同じような顔ぶれで繰り返す。演題が集まらなければ締切を延ばし、知人や若手へ応募を頼む。それでも集まらない学会は縮小すべきではないか。波多野氏の提案は明快だった。
これは一人の教授の学会疲れではない。医師が学会に出れば、その時間も交通費も宿泊費も、診療、教育、研究、家族生活から差し引かれる。負担するのは医師本人か、病院か、医局か、公的研究費である。
それでも学会が減らないのはなぜか。一つの答えが、専門医資格である。
「学びたい」が「単位を取らなければ」に変わる
専門医資格は医師免許とは異なる。それでも診療科や病院によっては、採用、昇進、広告、患者からの評価に強く影響する。
日本内科学会の内科専門医は5年ごとの更新制で、勤務実態の自己申告、診療実績の証明、50単位以上の取得が必要とされる。更新時には同学会の更新料5000円と日本専門医機構認定料1万1000円を納める。

そして、同学会は次のように明記している。日本内科学会の会員資格を喪失した場合には、内科専門医資格も喪失となる。
学会への加入が、資格保持の条件になっている。
この設計は自明ではない。米国内科専門医認定機構(ABIM)の認定維持制度(MOC)は、有効な医師免許、5年間で100単位の取得、知識評価への合格を要件としており、単位は認定された継続医学教育から取得できる。特定の学会への加入は要件に含まれない。
MOCも米国内で強い批判を受けてきた。負担が重い、評価方法が診療の実態に合わない、という声である。ただし争点は評価の方法であって、学会加入と資格の連結ではない。そもそも連結していないからだ。
日本では、その連結が制度の前提になっている。
更新単位には専門医共通講習、内科領域講習、学術活動などが含まれ、総会・講演会や生涯教育講演会の聴講も対象になる。従来制度の総合内科専門医では75単位が必要で、そのうち50単位を日本内科学会主催企画で得る仕組みもある。総会・講演会は5時間以上の視聴記録で15単位、生涯教育講演会は3時間以上で10単位だ。
外科でも同じ構造が見える。
第126回日本外科学会定期学術集会は2026年4月、札幌で開かれた。参加登録費は会員1万5000円、非会員1万6500円。定期学術集会への参加や、シンポジウム、パネルディスカッション、ワークショップ等の受講は、外科専門医の更新単位として算定される。
ただし、単位が付くのは「現地のみ」である。同学術集会は会期後にアーカイブ配信を行うが、学会は外科領域専門研修の単位付与についてオンライン視聴を対象外としている。同じ内容を、同じ医師が、同じだけの時間をかけて視聴しても、単位にはならない。
会場での手続きも細かい。講習会場の出入口でスタッフが参加証やアプリのQRコードを読み取り、入室時と退室時の両方で受講履歴を登録する。受付時間を過ぎれば履歴は記録されない。途中退席をすれば単位が認められないことがある。同じ時間帯に複数の講習を受けることもできない。
ここで単位の条件になっているのは、知識が更新されたかどうかではない。その日、その会場に、身体があったかどうかである。
継続教育自体は必要だ。医学は更新される。免許取得時の知識だけで一生診療してよいはずがない。
だが、知識や能力の更新と、特定学会への加入、一定時間の在席、入退室の記録は同じではない。
「有益だから参加する」が、「資格を守るために参加する」へ変わる。ここで学会は、知識を交換する任意の共同体から、医師の職業資格を支える半強制的なインフラになる。
資格が市場をつくる
学会参加が資格維持と結びつけば、一定数の参加者が制度的に生まれる。
参加者がいれば、参加登録、決済、会員管理、会費徴収、演題募集、査読、動画配信、出席証明、視聴記録が必要になる。学術集会を開けば、会場、配信会社、運営会社、広告、スポンサー枠も生まれる。
単位そのものが商品にもなる。日本外科学会は、卒後教育セミナー、臨床研究セミナー、外傷講習会、そして共通講習にあたる倫理・感染対策・医療安全の各講習を、定期学術集会とは別にeラーニングとして配信している。有料で、単位認定が付く。
学術集会に行けない医師にも学習機会と単位を届ける仕組みであり、その意味では合理的だ。同時にこれは、資格制度が生んだ需要を、認定する側が直接販売している構図でもある。
一つ一つは合理的な業務である。しかし、全体をつなげると、資格制度によって需要が保証された市場ができあがる。
そして、この制度は学会に大量の事務を生む。会員名簿の管理、入会の承認、会費の徴収、学術集会の参加登録と決済、演題の募集と査読、講習の配信、参加履歴の記録。専門医制度が精緻になるほど、学会が抱える事務は増える。
多くの学会にとって、これを自前で回すことは現実的ではない。専従の事務局職員を置けない団体も多い。制度が事務を生み、事務が外部委託を呼ぶ。
前回取り上げたm3.com学会研究会は、まさにその需要に対応している。学会・研究会のウェブサイトや学術大会ページに加え、会員情報、会費支払い、学会・セミナー参加履歴をオンラインで一括管理できるとしている。イベント参加費の決済、演題の募集・査読・採択、学会誌や動画の配信も扱う。同サイトに掲載されている学会・研究会は2000団体を超える。
ここで線引きは必要だ。
m3は専門医資格を認定していない。単位制度を作ったわけでもない。認定の主体は日本専門医機構と各学会である。単位を何に対して何点付けるか、その記録に公的な意味を与えるかどうかは、学会の側に残っている。
m3が引き受けているのは、その周辺だ。会員管理、入会承認、会費徴収、参加登録、決済、演題、配信、そして参加履歴の記録。認定という一点を除けば、資格制度が生む事務のほとんどは、プラットフォーム上で完結し得る。
つまり、m3を「学会乱立の黒幕」と呼ぶのは間違いである。
医学界が先に学会、資格、単位、講習、更新制度を作った。m3は、そこに存在した需要を見つけ、プラットフォーム化した。m3は原因ではない。医療界の制度設計を映す鏡である。
利益は集中し、コストは分散する
学会が続けば、学会には会費と参加費が入る。役員には役職が残り、医師には発表実績が残る。運営会社、会場、配信会社には仕事が生まれる。製薬・医療機器企業には医師と接触する機会が生まれ、プラットフォーム事業者には管理・決済・配信需要が生まれる。
一方、コストは分散して見えにくい。
医師は時間を失う。病院は人員を一時的に失う。患者は予約の取りにくさや、残された医療者の負担増という形で間接的に影響を受ける。参加費や出張費が病院、大学、公的研究費から出れば、保険料負担者や納税者にもつながる。
利益を得る主体は具体的だが、損失を負う主体は分散している。だから縮小インセンティブが働かない。
学会を統合しても、患者や若手医師は歓迎するかもしれない。しかし、縮小によって直接得をする組織は少ない。逆に、役職、予算、発表枠、スポンサー枠、運営業務を失う人は明確だ。
「学会が多すぎる」という総論には賛成しても、自分の学会を畳む各論には反対する。公共性を持つ組織が産業化した時に生じる、典型的な自己保存である。
学術活動にもサンセットを
専門医制度の目的は、医師の質を保証することだ。学会の目的は、知識を共有し、診療を改善し、次世代を育てることだ。
ならば評価すべきは、会場に何時間いたか、何回参加したかだけではない。
講習後に知識が更新されたのか。診療の質が改善したのか。似た学会を別々に維持する必要があるのか。同じ内容を複数学会で単位化する合理性があるのか。
QRコードによる入退室管理は事務には便利だ。しかし、会場に座っていたことと、専門能力が維持されたことは同じではない。
重複学会の統合、学会横断の単位相互認証、資格と学会加入の切り離し、低コストのオンライン教材、到達度試験、資格更新費用の公開が必要だ。学会や認定制度にも定期的な見直しを義務づけ、参加者や成果が基準を下回れば統合・廃止する出口を設けるべきである。
学術活動にもサンセットが必要だ。
医師が学会へ行くのは、患者へより良い医療を提供するためである。学会と資格制度を維持するために、患者と医師が存在するのではない。
この構造の上に成り立った媒体が、何を語り、何を消したのか。次回はそこを問う。
【参考リンク】
・京都大学医学部附属病院肝胆膵・移植外科 教室コラム#18「学会参加を見直す」(2026年6月24日公開)
・日本内科学会「内科専門医の認定と更新」
・日本内科学会「認定更新に関する規定-総合内科専門医」
・第126回日本外科学会定期学術集会「参加者へのご案内」
・第126回日本外科学会定期学術集会「外科専門医制度の研修実績について」
・日本外科学会「eラーニング」
・American Board of Internal Medicine, “Maintenance of Certification”
・American Board of Internal Medicine, “Participate in Activities”
・m3.com学会研究会「ホームページを開設すると使える機能」
・m3.com学会研究会「会員管理」
・株式会社エムプラス「m3.com学会研究会」
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制度の問題は、問題として認識されなければ検証すら始まらない。私のnoteでは、医療、行政、公共サービス、消費者保護など、日常に埋もれたさまざまな「おかしさ」を問題定義の段階から掘り下げています。








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