高市首相の「女性だから3〜4時間余分」発言が映すもの:働く女性の視点から

10月14日の衆院予算委員会で、高市早苗首相は日本維新の会の藤田文武氏との国会改革をめぐるやり取りの中で、次のように述べました。「男性の首相よりは3、4時間、余分に時間を使っているかもしれない」。

具体的には朝の入浴、朝食の支度と後片付け、化粧やクレンジング、そしてテレビ中継前の「5分とか3分のお化粧直し」すら当初は取れなかった経験を挙げました。これは働く女性の立場からみると、単なる「本音の吐露」以上の意味を含んでいるように感じられます。産経新聞

「1日に3~4時間」は平均的ではない

まず共感できる部分はあります。日本では依然として、家事・育児の負担が女性に偏っている傾向が続いています。働く女性の場合、家庭にいる時間が限られているので、その負担が大きいことも確かです。

高市首相のようにきわめて多忙な立場の中で、身だしなみや最低限の生活を維持するための時間が「余分」に感じられるのは、制度や周囲の意識がまだ男性中心に設計されていることの表れでしょう。秘書官の方々が「女性首相」に慣れていなかったというお話も、初の女性首相ならではの現実を浮き彫りにしています。

しかし多くの働く女性が感じる違和感も小さくありません。平均的な働く女性は1日3~4時間も化粧や入浴や家事にかけることはできません。そんなことをしていたら、家庭にいる時間のほとんどが取られてしまいます。

女性への偏見を助長する

高市首相が以前「ワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる」と宣言し、「睡眠0〜3時間」の激務をアピールされてきた経緯を考えると、今回の発言との整合性についても疑問が残ります。

国家のトップとして「戦略的に考える時間が取れない」というのは、国会改革の必要性を示すものですが、それを女性特有の事情に結びつけて語ったため、本質的な議論——首相の長時間拘束を減らし、政策立案や外交に集中できる仕組みづくり——がぼやけてしまった印象を受けます。

SNSでも「共働きで育児・家事をこなしながら働く女性は強い違和感を覚える」「時代遅れの固定観念を再生産する」といった指摘が相次いでいます。「女性だから」という括りで時間的コストを説明することは、結果として「女性は男性より負担が大きいから、重要な役職には向かない」という固定観念を補強してしまうおそれがあります。

社会全体の働き方改革へ

この発言が問いかけているのは、個人の「女らしさ」ではなく、社会全体の働き方と性別役割のあり方ではないでしょうか。家事負担の格差は縮まりつつあるとはいえ、女性の社会進出を阻む大きな要因であることは、データが示しています。

女性首相が誕生したことは確かに前進ですが、その首相が「女性だから余分に時間がかかる」というのは困った状況です。国会運営の効率化、男性の家事・育児参加のさらなる推進、そして誰がやっても同じ時間でできる環境を整えることが、次の女性リーダーや普通に働く女性たちが「余分」を感じずにすむ社会への道筋になると考えます。

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