「学校のスマホ教育」はことごとく間違っている

黒坂岳央です。

先日、小学校のスマホ・ITリテラシーに関する講演に参加してきた。

結論から言えば、学校任せではだめだと痛感させられる内容だった。示された処方箋はことごとく現実には機能しないからだ。

指導の内容が機能しなければ、どれだけ問題提起が正しくても意味がない。筆者はその道のプロフェッショナルなどではないが、指導の内容が現実的ではないと感じた。

講演の内容は主に「スマホを使いすぎのリスク、SNSや生成AI由来の犯罪や危険性」といった解説があった。参加した親からは「非常に良い気づきがあり、早速家庭内でも話し合って実践したい」というアンケートへの回答があったようだ。しかし、筆者はいくつも強い疑問を感じたのである。

yamasan/iStock

※お断りしておくと、講演してくれた専門家や場を設けてくれた学校には感謝している。スマホ依存やSNS経由の犯罪という問題提起としては有益だったと思うし、関係者を頭ごなしに否定したくはない。

せっかくの取り組みを問題提起だけで終わらせず、実際に子供を守れる教育へと発展させてほしいと考えて書いた。

スマホ依存症は意思の力で止められない

1つ目が「スマホ依存症対策」である。講演では「家庭内で話し合ってルールを決めるべき。そうでないと長時間利用が止まらない」というものであった。

ここは明確に違う。ルールを決めるだけで止まるほどスマホ依存症は甘いものではない。決意で止まるなら、世の中にギャンブル、薬物、アルコールやニコチン治療は存在しないはずで、自分の意思で止められないから「依存症」なのである。

そして子を持つ親の立場なら分かることだが、小学校低学年でスマホを持っている家庭はたいてい、親の目が届かない時間帯であることが多い。監視の目がない場面で子供が「使いすぎに注意」といったルールごときで止められるわけがないのだ。いるとしてもそれは例外に過ぎない。

考えてみれば分かるが、大人だってスマホ依存症を止められずに悩んでいる。トイレでスマホ、風呂でスマホ、歩きスマホと依存症患者だらけの世の中で、前頭葉が未発達の子供が意思で止めろと言われても当然、止められない。

注意されても止められないなら、かえって本人に強い自己否定感を生み出すだけでこれは解決策として機能しない。

「SNSの危険性」はズレたアドバイス

講演ではSNSでの誹謗中傷や、知らない人とつながる危険が語られた。想定されているのはXやInstagramだ。

「家出した」と一言Xに書き込みをすると、怒涛の数のDMが届く様子を見て、筆者は背筋が寒くなる思いだった。到底、親切心によるメッセージではないことは明らかである。これほど恐ろしい世界が子供たちが握るスマホの中にある。

問題は、この脅威が小学生にも広がっていることだ。警察庁の統計では、SNSなどをきっかけに犯罪被害に遭った小学生はこの5年あまりで2倍以上に増え、令和7年には167名に達した。そのうち11歳以上が8割近くを占め、被害のきっかけとなったSNSの大半は、規約上13歳未満は利用できないものである。つまり「規約を守りましょう」という教育は、最初から機能していない。

さらに講演が触れない経路がオンラインゲームだ。具体的にはゲーム内チャットやボイスチャットである。警察庁も、一緒にゲームをすることで見知らぬ相手に仲間意識を抱きやすく、高価なアイテムを渡したり攻略を手伝ったりして子供の信頼を得てから犯罪に及ぶ者がいると注意を呼びかけている。

子供からすれば、楽しいゲーム仲間からの誘いに警戒心など抱くはずもない。米国では、ルイジアナ州の司法長官が子供に最も人気のゲームプラットフォームであるロブロックスを、性的搾取を助長し、未成年者を加害者から守っていないとして提訴した。

ところが講演では「XやInstagramに気をつけましょう」と言うだけで、子供が実際にいるもう一つの場所には目が向いていない。これでは防御として不十分だ。

生成AIを上手に使うのは難しい

講演では「生成AIを上手に使いましょう。間違いも多いので疑いましょう」という話も出た。だが、これは子供どころか多くの大人もできていない。

そもそもハルシネーションを疑えるのは、知識があり、正解を知っている人間だけだ。知らないから質問している子供に「AIの間違いを疑え」と言うのは矛盾している。知らないことを疑うことはできない。

プロの現場でも出典が実在しない引用をして信用問題を起こしているのに、知識がない子供がうまく立ち回ることなど不可能である。

小学生は生成AIではなく、まずは基礎学習を徹底するべきであり、使用するべきは生成AIではなく辞書だ。AIが出力した結果の妥当性の検証にはまず知識が必要だ。

子供にスマホはいらない

自分は代案なき批判をするほど稚拙なつもりはない。具体的な対策について筆者の私見を述べたい。

まず、小学生にスマホを持たせる必要はない。先に見たとおり、被害の大半は子供が自分のスマホで規約上使えないSNSに触れることで起きている。端末を渡さなければ、このリスクの大半は消える。連絡と防犯が目的ならキッズケータイで足りるし、うちはそうしている。

「スマホを持たせないとITリテラシーが育たない」という反論は想定される。だがスマホのUIは「消費」に最適化されており、しょせんは、「消費の道具」である。多少スマホを触ったところで将来、会社やクリエイターとして役に立つようなITリテラシーはつかない。

実際、スマホで育った世代の大学生がファイルやフォルダの概念を理解していないことは、多くの報告がなされている。触れさせるべきはPCだ。PCは使う人のテクノロジーへの理解が、スマホ以上に反映されやすい道具だからだ。

わが家では子供にWindows、Macを触らせている。まだ小学生だが、サイトへのログインはクラウド同期ではなく、Touch ID、Windows Helloなどのデバイスバインド、またはYubikeyなどの物理パスキーによるログインを使わせている。

また、自分で描いた絵をJPGでローカルに保存し、送信する概念も理解した。タッチタイピングもでき、簡単な動画編集もこなす。英語辞書や自動添削ツールを使って英作文の練習もしている。

子供は親の姿を見て育つ。ITリテラシーも同じだ。裏を返せば、親のリテラシーが低ければ、その習慣もそのまま伝わる。

ゲームのコミュニティ機能は使わせない

次にゲームとコミュニティ機能を切り分けるべきと考える。

筆者は今でも現役のゲーマーだし、子供ともゲームをする。しかし、ゲームはローカルのゲームだけで完結させ、コミュニティ機能は使わなくていいと思っている。

だからわが家でもゲームはさせているが、コミュニティ機能のないものに限っている。本人もコミュニティ機能には興味を持っていない。避けるべきはゲームではなく、見知らぬ大人との接点なのだ。

スマホを持たなくても、ゲームはPCやゲーム機でできる。だからこそ、この接点は別に塞いでおく必要がある。

最大の問題は「知っている」という錯覚

ITの世界の「正解」には賞味期限がある。たとえば「パスワードは定期的に変えましょう」は長年の常識だったが、米国の国立標準技術研究所は、日本の総務省も方針を見直した。そして今は、パスワードからパスキーへの移行が進んでいる。数年前の常識が、今では誤りになっているのだ。

この手の講演で伝えるべきは「これは学びの起点にすぎない」という意識だ。テクノロジーはすぐに古くなる。それなのに、一日で一生ものの知識を包括的に学べるかのような講演に見えると、「もう全部分かった」という感覚だけが残り、学びが止まり網羅性が担保されない。

そうなると講演が残すのは知識ではなく、「対策は済んだ」という安心感だ。これでは効果がないどころか、マイナスになる。

◇

思うに講演の内容こそ、生成AIと議論してさらに作り込むべきではなかっただろうか。「この内容は現実的に機能するか?」という検証をするだけでも、内容は大きく変わったはずである。

 

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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