AIでコードが書けるのに、開発費が下がらない理由

兵藤 迅

生成AIを活用したソフトウェア開発が急速に進化している。AIコーディングエージェントは、指示に従ってプログラムを書くだけでなく、修正やテストにも対応し、従来は手間のかかった作業を短時間で行えるようになってきた。発注する企業から見れば、システム開発費を大幅に削減できるはずだと考えるのは自然だろう。

しかし、コードを書く時間が短縮されても、開発プロジェクト全体の費用が同じ割合で下がるとは限らない。

開発費はコードを書く時間だけで決まらない

企業のシステム開発では、プログラムを書く前に、何を実現したいのか、現在の業務をどう変えるのかを整理する必要がある。プログラムが完成しても、実際の業務で問題なく使えるとは限らない。既存システムとの接続や過去データの移行、動作確認など、稼働までに多くの作業が発生する。

例えば販売管理システムであれば、受注を登録する画面は比較的短時間で作れるかもしれない。しかし、在庫が不足している場合にも注文を受け付けるのか、受注を取り消した場合に確保済みの在庫をどう戻すのかといった業務上の判断は、別途必要になる。さらに、会計システムとのデータ連携や過去の受注履歴を引き継ぐ作業も発生する。

このような条件を整理せずに開発を進めれば、完成後に現場の運用と合わないことが判明し、修正が必要になる。AIがプログラムを速く作れるとしても、何を作るべきかが曖昧なままでは、やり直しが生じることに変わりはない。

開発費は、コードを書く作業量だけでなく、業務の複雑さや求められる品質、既存システムとの連携などにも左右される。

AIが変える開発工程のボトルネック

AIによって特定の作業が高速化すると、今度は別の工程が開発全体の進行を左右するようになる。いわゆる「ボトルネックの移動」である。

米国のコンサルティング会社McKinseyは2026年6月、AIによってコーディングが加速するなか、当初はコードレビューが、その後は製品の企画や開発方針を決めるプロダクト管理がボトルネックになった事例を紹介した。コードの作成が速くなっても、レビュー(内容の精査)や、次に作る機能の仕様・要件の決定が遅れれば、開発全体の速度は上がりにくい。

Googleの研究プロジェクト「DevOps Research and Assessment(DORA)」も、2026年3月の分析で、AIによるコード生成で短縮された時間が、生成物の確認や検証に費やされる現象を報告している。作られるコードが増えれば、それが正しく動くか、他の機能に悪影響を与えないかを確認する負担も増え得る。

また、調査会社Gartnerは同年7月、AIを前提とした開発では、事業上の意図を実装可能な要件に落とし込む工程も高速化する必要があると指摘した。

例えば、コードを書く作業が半分の時間で終わったとしても、要件整理や確認、テストに従来どおり時間がかかるなら、プロジェクト全体の作業量は半分にならない。生成したコードの修正や再検証が増えれば、削減できた工数の一部が相殺される場合もある。特定工程の生産性向上を、そのまま開発費の削減率に置き換えることはできないのである。

開発費が大幅に下がる条件

もちろん、AIによって開発費が大きく下がる可能性はある。目的や完成条件が明確な小規模アプリなら、コード生成からテストまで短時間で進めやすい。試作品の作成では、以前なら費用や日数の制約で見送っていた案も、手軽に試せるようになってきた。

既存システムの刷新も例外ではない。McKinseyは、古いプログラムを別の技術基盤へ移すような、目指す完成形が明確な作業もAIに向いていると指摘している。新規開発か既存システムかという区分だけで、AIの効果は判断できない。

費用削減を大きく左右するのは、コードを書く工程だけを効率化するのか、要件整理からテストまで開発工程全体を見直すのかという点である。

ソフトウェアの品質管理を手がける米国企業Sonarは、McKinseyとともに、要件や完成条件の整理からAIによるプログラム作成、テスト、修正までを含む開発工程を再設計した。その結果、先行3チームでは、一定期間に完了できるプログラムの修正や機能追加の件数が最大2.2倍に増えたという。コード生成だけでなく、開発工程全体を見直すことで、チームがより多くの開発作業を完了できるようになった事例である。

もっとも、開発作業の時間を削減できても、AIの利用料や品質確認などに必要な費用を含めなければ、実際の開発原価がどれだけ下がったかは分からない。開発原価が下がったとしても、それが発注価格にどう反映されるかは別の問題である。

発注する企業にとっても、「AIを使うのだから安くなるはずだ」と考えるだけでは不十分だ。開発会社に任せきりにせず、自社が実現したいことを明確にし、開発中に必要となる判断を速やかに行う必要がある。AIを前提に開発工程全体が再設計されれば、従来の見積もりや価格の考え方も変わる可能性がある。ただし、その効果を十分に引き出すには、発注企業自身も意思決定や業務の進め方を見直さなければならない。

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