カスハラ対策、断るだけでは会社は直らない

10月1日から、カスタマーハラスメント(カスハラ)への対策が事業主の義務になりました。従業員を守るため、悪質な要求を断り、対応を打ち切る体制を整えることは欠かせません。ただ、対応を終えた後、その要求の中身を振り返る仕組みはあるでしょうか。

例えば、返金の条件を尋ねる電話で、同じ要求が1時間近く繰り返されたとします。担当者は手順どおり上司に報告し、了解を得て電話を切りました。要求の中身も記録し、「対応済み」として処理しました。

ところが翌週、別の客から「返金の条件を記した案内文が分かりにくい」という問い合わせが届きます。前の電話の記録を読み返せば、その客も最初は同じ一文について尋ねていたことが分かります。しかし、記録を読み返した人はいませんでした。

これは、いくつかの会社の例を組み合わせた架空の場面です。電話を切った担当者の判断は正しく、手順も機能していました。一方で、案内文には直すべき一文がありました。その改善まで話を進める道筋が、この会社にはなかったのです。

従業員を守る体制を整えた上で、会社自身の問題を直すために何を加えればよいかを考えます。

中小企業にも猶予のない義務になった

改正労働施策総合推進法とそれに基づく指針により、事業主には、カスハラへの対処方針を決めて社内に知らせること、従業員が相談できる窓口などを整えること、発生後に迅速かつ適切に対応することが求められます。特に悪質なものへの対処方針と体制も必要です。

パワハラ防止の指針では、2020年6月から、顧客などによる著しい迷惑行為について、相談体制の整備と被害者への配慮を「望ましい」としてきました。今回、それが義務になりました。被害者への配慮は、カスハラの事実が確認できた場合に求められます。

パワハラ防止措置には中小企業への猶予がありましたが、今回の改正法の附則には、中小企業の経過措置はありません。措置を怠ったこと自体に罰金はないものの、助言・指導・勧告の対象となり、勧告に従わなければ公表されることがあります。

中小企業にとっても、カスハラは身近な問題です。厚生労働省の委託で2023年12月に行われた実態調査では、過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為について相談があった企業は、従業員100〜299人で24.2%、99人以下でも13.5%でした。調査対象は従業員30人以上の企業・団体で、最終的にカスハラに該当しないと判断した相談も含まれています。

再発防止には自社の改善も含まれる

私が読んだ範囲では、義務化をめぐる話題の中心は、悪質な客や利用者への対処でした。しかし、指針は自社の商品やサービスを改善することにも触れています。その際、義務なのか、望ましい取組なのかによって、言葉を使い分けています。

まず、方針を定める項の冒頭では、カスハラの原因や背景として、商品・サービス・接客等の問題や、顧客等とのコミュニケーション不足も考えられるとしています。それらを幅広く解消する取組も重要であることに、「留意することが必要」としています。

さらに、義務として講じる再発防止措置の中でも、自社の改善を求めています。相談のあった件について、「必要な場合には」、商品・サービス・接客等の問題などの「改善を図る等の再発防止に向けた措置を講ずること」としています。これは、カスハラの事実が確認できなかった場合も同様です。

記録の活用にも言及しています。必要に応じて事案の内容や対応経緯を記録し、個人情報の取扱いに留意しながら関係部門に共有して、再発防止に活用することも「考えられる」とあります。また、原因や背景を解消するための研修などは、「望ましい」取組とされています。

つまり、自社の改善は単なる付け足しではありません。再発防止という義務の中に、「必要な場合には」という条件付きで書き込まれています。

対応を終える判断と、改善する判断の隔たり

私が関わってきた会社でも、要求を断るかどうかと、自社の問題を直すかどうかとでは、判断の速さが違いました。

断るかどうかは、その場で判断を迫られ、現場で対応が完結していました。対処の方法は、電話を切る、退店を求めるといった指針の例に限らず、各社が実態に応じて定めることとされています。

一方、案内文や商品、業務の流れを変える話は、目の前の対応ほど急がれません。予算や決裁も必要になるため、後回しになりがちでした。

加えて、指針の事後対応は、「相談の申出があった場合において」講じる措置として書かれています。方針どおりに対応を打ち切った件は、解決したものとして扱われ、相談として上がらないまま終わりやすいと私は見ています。

改善の判断が後回しになることと、相談として上がりにくいこと。この二つが重なると、要求の中身が経営者まで届きにくくなります。冒頭の電話も、記録は残っていましたが、翌週の問い合わせと結び付けて見直されることはありませんでした。

打ち切った件の中身は経営者が読むべきだ

客の肩を持つのか、と思われるかもしれません。しかし、現場が対応を打ち切った判断は、そのまま尊重します。後から記録に目を通すのは、自社の問題を直す手がかりを探すためです。

三田大介氏は10月13日のアゴラの記事で、「都合の悪い指摘を、何でも『カスハラ』で片付けるのも問題」と書きました。指針も、社会通念上許容される範囲で行われた苦情は「いわば正当な申入れ」であり、カスハラには当たらないとしています。

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打ち切った電話の内容を後から確かめる会社であれば、対応を拒む範囲を広げすぎた場合にも、気づく機会が増えます。

小さな会社には負担だという声もあるでしょう。ただ、すでに対応記録を残しているのであれば、新しい書類を作る必要はありません。経営者がその記録を開くことから始められます。

義務として整える、悪質な要求を断る体制。それに加えて、現場が打ち切った件の中身を、月に一度は経営者が自分で読む時間を設けるべきです。従業員を守ることと、自社の商品や手順を直すことは、同じ記録を読むことで一緒に進められます。

【出典】

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