仮面夫婦:「何故夫婦はうまく行かないか」の比較的簡単な答え

日経の記事、「9組に1組が仮面夫婦 『子育て終えたら解散』の道も」はインパクトある記事でした。なぜかといえばそのような話はゴマンとあるからで、それが今の日本の社会の表にしたくない実態であるとも言えるからでしょう。

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私の友人は子育て中で、小学生を子供を2人抱えていますが、子供が独り立ちする日を心待ちにしています。理由は「その時、離婚する」と。なぜ、と聞けば既に家庭内別居状態で旦那とは週に1度ぐらい顔を合わせる程度で食事も別、用事がある時の会話はSNS、寝るところももちろん別。ではなぜ、いま離婚しないのか、と聞けば「家賃が払えないから」と。つまり旦那とは経済的なシェア関係だけなのです。

センシティブなイシューですが、自分なりに感じていることを素直に書けば女性が3極化しているように感じます。1つの極は男性に頼る依存型、次の極は家庭を維持しながらも仕事をする自立型、3つ目が男性に一切依存しない独立型でそれぞれの極への分裂化がより鮮明になってきているように見えるのです。理由は90年代に始まった個性化の強まりと先の民主党政権時代に暗黒の時代となった将来への不安感の増幅により若者の意識変化を起こしたではないでしょうか?

では男性は変わらなかったのか、といえばもちろん変わったと思います。基本はより柔和になった極と、より自己に固執し同調しにくくなった極です。前者は結婚できる道を歩みますが、後者はそもそも結婚する意志すら持たず、自分の好きな世界に走り、時として引きこもってしまいます。昔は後者の男性でも見合い制度によりどうにか伴侶を見つけられましたが、今ではその支援も薄くなりました。

男性が何故柔和になったかと言えばユニセックス化の風潮は否定できないと思います。またコンプラが厳しくなり、いわゆる男性的な威圧や暴力的、風貌による圧力といったふるまいがよりタブー化されたことも原因にあると思います。しかし、私は男性は抑圧されているだけで実態はまだ男性的威圧が無くなったわけではないとみています。

こう見るだけで男女の立ち位置が相当相違してきたのがこの30-40年だと思うのです。その人たちにとって未婚の人は子作りを前提とした婚期は過ぎようとしているし、結婚した人たちもそろそろ荒波に揉まれる時期でもある、これが私の見方です。

何故夫婦はうまく行かないか、これは比較的簡単な答えがあります。付き合い始めた20代の頃の価値観と比べて10年、20年後の価値観が夫婦不一致になる、これだけの話です。ただ、昔は家族内分業が明白にあったのです。儒教的な一つの芯と言ってもよいでしょう。だからそれでも家族が一体感を持っていたのです。その家父長的でもある古い家族制度はその姿を大きく変えてしまったと思うのです。

年齢と共に価値観の相違が起きるのは昔から同じです。最大の試練は子供ができたことによる役割分担だろうと推察します。ここで現代社会が男性への役割を増やそうという流れに対してすべての男性が物理的、心理的に従順になれないことがまだまだ多いのです。一方、社会から要求されるコンプラ圧力が男性に重くのしかかりすぎることはあるのでしょう。すると家庭は子供を介在しただけの関係となり、それが20年前後続き、子供が巣立った段階で「これから2人だけ。どうするかね?」という会話は当然あり得るのです。

つまり今の社会的要請とコンプラは子育てをどう夫婦で協業し、支援するか、という観点が強く、夫婦関係の維持には特段配慮がないため、子供が巣立った時、「役割終了感」が強まるのではないかと思うのです。

その際、わりと割り切りが良いのが女性側。「それぞれの道を歩みましょう」と。私が言うのもなんですが、子育てを終えた奥様は強いんです。「かかあ」という言葉は漢字で「嬶」と書きますが、これは現代の漢字で、昔は「嚊」と書きました。なぜ口へんに鼻なのか、といえばリアルな息遣い、つまり生活感を意味し、私の解釈は「家庭を仕切る強い女」なのです。だから「かかあ天下(でんか)」という言葉も生まれたわけです。

では完全に離婚するかと言えば細い一本の紐で繋がっている状態、日経が表記する離婚はしないが、別居、ないしお互い不干渉主義になる「事実離婚」があちらこちらに生まれているようなのです。定義もデータもないので「ほんまかいな?」と思うかもしれませんが、傾向としてはあるように見受けられます。

カナダでは税務申告の時、自分のステータスを自己申告するのですが、そのステータスには4つの選択肢があり、独身、既婚、離婚、Separetedとなっています。このSeparatedが日経の言う「事実離婚」でカナダでは法的に婚姻関係のカウントは止まってしまいます。(当然ながら正式離婚時の資産分与も事実離婚を開始した日に遡ります。)唯一事実婚でできないのは再婚ぐらいかと思います。(重婚になりますからね。)故に細い一本の紐ということです。

それでも細い紐一本でのつながりを維持するのは日本的なのもかもしれません。西欧では70歳の再婚も普通ですが、日本では西欧程簡単ではありません。それにいかに憎悪があろうともわずかな愛情は残されていると考えたいところですけどね。現代社会の仮面夫婦を定義づけることは難しいですが、私が上で述べたような傾向は明白にあると感じています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年11月8日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。

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