安倍外交は国際情勢の急速な変化についていけていない
安倍外交・完全崩壊、運命が逆回転を始めた日(2016年11月16日)
トランプ氏に「借り」を作った安倍・トランプ会談(2016年11月19日)
トランプ大統領誕生後に日本を取り巻く国際情勢に関する記事を2つほど作成しました。
筆者の見解通り、11月19・20日でAPEC首脳会談でロシアは北方領土交渉に関するハードルを上げるとともに、安倍・トランプ会談でTPPをトランプ氏に直接念押ししたにも関わらず、11月21日にはトランプ氏はビデオレターでTPP離脱を再び宣言しました。
上記のような記事を公表した当日には現役・元国会議員などの様々な方々から「お前の見解はおかしい」というご指摘を頂きましたが、地球儀を俯瞰する視点に立てば筆者の見解が妥当であったこと、はその後の顛末によって証明されたものと思います。
現在、日本政府の外交的な見通しの当てが外れて、安倍首相が右往左往している姿が連日報道される状況となっています。
世界各国はトランプ大統領を前提としたプランで動き始めていますが、安倍外交はこれまでのサンクコスト(埋没費用)に溺れており、慣性の法則にはまって頭の切り替えができていないだからです。
米国の経済制裁解除がロシアのナショナリズムに与える影響
ロシアが急激に北方領土交渉で態度を硬化させた理由は、トランプ大統領による経済制裁解除の見込みが極めて高いものとなったことと密接に関係しています。
プーチン政権を支えるロジックは「反米ナショナリズム」です。しかし、米国の経済制裁が解除されることが予見されることで、プーチン大統領は自らの存在意義について改めて問われる状況が生じています。
米国からの経済制裁によってロシアは反米ナショナリズムが盛り上がるとともに、各種国内産業保護のために産業振興のための補助金をばら撒いてきました。これらのナショナリストや補助金を受けている人々がプーチン政権を支持している人々です。
しかし、米国による経済制裁解除によって、プーチン氏を支えるはずの反米ナショナリズムと産業保護のための補助金は大義を喪失することになります。反ロシアの米国と欧米の経済制裁という共通の敵が突然いなくなることで、プーチン大統領は多民族国家ロシアを統治するための新たなナショナリズムを必要とする状況となっています。
したがって、領土返還交渉は米国経済制裁という特殊条件下で発生した周回遅れの話であり、プーチン政権の関心は一歩進んだ先の出来事への対応に注がれています。
プーチン政権にとって方向性を失ったロシアのナショナリズムを無駄に刺激する領土返還交渉を進めることは好ましい選択肢ではなくなったと推測するべきでしょう。
択捉島・国後島にミサイルを配備するというロシアの配慮
北方領土返還交渉において四島返還は最初から見込めないことは明白です。たとえ、領土が返還されても歯舞・色丹の二島ということになるでしょう。むしろ、現在のロシアの国内情勢に鑑み、ロシア側からの提案は共同経済開発のみという結果に終わる可能性が極めて高い状況となっています。
ロシア軍の機関紙によると18日段階で択捉島・国後島の二島にミサイルを配置した旨が発表されています。多くの日本人は、インタファックス通信による報道がAPECの日ロ首脳会談後であったことから、同会談後にミサイルが配備されたと錯覚していますが、実際には日ロ首脳会談前に二島にミサイルが配備されていたことになります。
そのため、安倍首相の「簡単ではない」というコメントは上記の状況を踏まえた上での発言だったと推察します。(逆にミサイル配備を把握していなかったとしたら、その情報収集能力には著しく問題があると思われます。)
一方、ロシア側としては択捉島・国後島のみの軍事力を強化することで、ロシア国内のナショナリズムに配慮しつつも、日本側に領土交渉に対する希望を残すように見せる配慮を行っています。
日本の政府関係者がミサイル配備と平和条約交渉は関係が無い、とコメントしているのは、このロシア側からの間接的なメッセージに可能性を見出しているからでしょう。
安倍政権が対ロ外交で取り得る3つの選択肢について
安倍外交が取り得る選択肢は下記の3つのように思われます。
(1)領土交渉を希望的観測に基づいて推進し、ロシアとの経済共同開発・経済協力を進める。
(2)領土交渉は事実上失敗したものと看做し、ロシアとの経済共同開発・経済協力を棚上げする。
(3)北方領土に新たに配備された軍事的脅威に抗議し、北海道周辺で軍事演習を実施する。
おそらく安倍政権は(1)の路線を推進することになるでしょう。従来までの対ロ交渉は官邸主導で実施しているため、同交渉が日本国民から失敗したように見えることは政権基盤を揺るがしかねないからです。
万が一、ロシア側が領土交渉で譲歩してくることに期待したい気持ちも分かります。絶好調から急激に転び始めたギャンブラーのような状況ですが、安倍政権の思惑通りに事が上手く進めば非常に素晴らしいことだと思います。
(2)の路線は国際情勢の変化に対してある程度配慮した理性的な選択肢であるよう思います。上述の通り、トランプ大統領誕生で米ロ関係が変化することで、ロシア側の国内事情も大きく変化することが予想されるからです。
従来までの日ロ交渉のサンクコストを一旦清算した上で、新たな環境を踏まえた仕切り直しを行うことは妥当な選択と言えるでしょう。ただし、この選択肢には「安倍外交の失敗」という官邸にとってのリスクが生まれるために選択として取りづらいものと思われます。
(3)の路線は通常の国家の対応としては当然の措置です。自国領土を射程に収めるミサイルが配置されたことに抗議し、軍事力を持って対抗的措置を取ることは通常の対応です。そして、そのような強い態度こそが相手からの妥協を引き出すための交渉術だと言えます。
しかし、ミサイル配備報道後の安倍政権の腑抜けなコメントは保守政権とは思えないレベルのものであり、政権としては国民の生命・財産よりも政権の面子を優先して(1)の路線を取る方向で進んでいることが分かります。
安倍首相には「真に地球儀を俯瞰する外交」が求められている
トランプ大統領誕生が国際情勢に与える影響は極めて多層的なものであり、日米関係、日中関係、日ロ関係などの二国間外交の発想では情勢変化についていくことは困難だと思われます。
安倍外交の発想は、米国の意向を踏まえた上での二国間外交、そして対中包囲網という視点にこだわり過ぎています。およそ地球儀を俯瞰する外交とは言えず、米国の目線に配慮する外交でしかありません。そのため、肝心要の米国における政権交代が発生した変化についていけない結果となっています。
米国大統領選挙直後に安倍首相がトランプ氏に慌てて会いに行く段取りをつけている間に、ロシア側は日本との窓口であるウリュカエフ大臣を拘束しつつ、北方領土へのミサイル配備を行ってAPECでの日ロ首脳会談に備えていました。両国の間で見えている世界のレベルが違うことは明らかでしょう。
安倍首相は「真の地球儀を俯瞰する外交」を推進するために、まずは足元の首相官邸に散らかっているサンクコストを見直すべきです。
本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などは[email protected]までお願いします。
アゴラ研究所よりおしらせ
渡瀬裕哉さんを講師にお招きし、12月1日(木)からアゴラ米国政治セミナー「トランプ・コンフィデンシャル」を緊急開催します。
最終回では、池田信夫・アゴラ研究所所長も登壇し、渡瀬さんと「トランプ・ショック」の意義について特別対談いたします。共和党の政治・選挙を知り尽くす日本人専門家によるトランプ政権のセミナーとしては、国内でも最も早い開催の一つです。ぜひご参加ください(詳しい講座内容は左記のバナーをクリックください。申し込みフォームはこちらです)。週明け、締め切ります。