企業の人事制度では、報酬は事前に定めるものだから、そのなかには、貢献への期待という要素が含まれる。期待への報酬は、将来において成長した人材が実現する成果に対する先払い報酬である。
報酬と実績とが一致するまでには、時間を要する。その期間は、報酬が実績を上回っているから、企業からすれば、その差の累積額は、先払いとしての債権であり、雇われている人材からすれば、債務である。債務は、将来の貢献によって弁済してもらわないと困る。
この債務を完済した人材を資本人材、完済できていない人材を債務人材と呼ぼう。早期に資本人材化してくる人は、企業の成長を支える中核人材であるから、その適切な処遇は、企業の戦略的課題だ。
伝統的な日本の制度では、資本人材の処遇は、再び債務人材化することによってなされてきた。つまり、資本人材は、昇格することで、報酬のなかに改めて大きな期待要素が取り込まれることを通じて、再び債務人材となるが、極めて短い時間のうちに期待に見合った成果を生むことで、再び資本人材になることが要請されるのである。
幹部候補生は、最低限の年数で昇格し、しかも枢要な部門を短い年数で転々として、経験を豊かにし、最後は役員に昇格する。最終的に役員まで上り詰める人は極々少数というわけだから、それなりに厳しい仕組みではある。
しかし、ここには、致命的な欠陥がある。このような上からの期待という仕組みで育った経営陣のもとでは、改革、変革、革新、新規創造、挑戦などという現代の経営に強く求められている課題には、対処できないのである。
では、企業の成長戦略にとって重要な資本人材は、どのように処遇されるべきか。ここで、報酬と処遇という言葉を峻別することが重要である。人を処遇するとは、単に金銭的報酬を与えることだけではなく、企業がもっている全ての有形無形の資産を提供することである。
資本人材とは、企業という環境がもつ有形無形の資産を有効に活用することで、組織のなかに新しい価値を創出していく人材である。ならば、その報酬は、創出された付加価値の分配を通じて決められるべきなのだ。
組織が先にあって、組織が人を動かすことで付加価値を生むのではなく、人が先にあって、環境、即ち、組織内の全ての有形無形の資産を利用して、自律的に動くことで、企業のなかに付加価値が生まれてくる、このような発想の転換、即ち、変革を生み出す組織論こそが鍵なのだ。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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