今日は当地、香港日本人倶楽部合唱団の新春コンサートを聞きに出かけました。清らかで楽しい歌声のハーモニーを、たっぷり堪能させてもらった帰り、フェリーで香港の投錨地を横切ると、四日間の寄港訪問スケジュールを終えた米海軍空母ニミッツと、同空母戦闘集団所属の船舶が出港準備をしているのが、見えました。
今年初めのGoogleの中国撤退検討のニュースより、台湾への武器輸出、そして先日のオバマ/ダライ・ラマ会見と、米・中関係の緊迫がニュースとなる中で、ニミッツとその他の米海軍船舶による香港寄港の申請が、意外とすんなりと受諾許可となったことは、こちら香港ではちょっとしたニュースでした。
巷間では、民間企業であるGoogleでさえも中国撤退を検討する事態となり、アメリカ政府の対中外交の舵取りに変化が出てくるのでは、などと言う向きもおられるようです。しかし、これは結果と原因を取り違えた見方だと、私は思っています。
Googleのエリック・シュミット会長は、民主党の予備選挙の最も早い段階からオバマ支持を鮮明にしていました。選挙戦中、またその直後、話題を集めたネットを利用した支持者ネットワークの構築や、選挙資金募金などにも、有形無形の援助を行っていたのです。
ですから、この切所にあって、Googleが中国撤退の検討を公表することを決めたのは、政権インサイダーであるシュミット氏が、オバマ政権内における対中国外交のハード(硬化)・シフトを、他に先んじて嗅ぎ取ったからではないでしょうか。うがった見方をすれば、オバマ政権の為に、あえてアドバルーン役を買って出ているのかもしれません。
アメリカの対中外交は、昨年までは「今まで通り米国債買ってね」というミモフタもない本音の上に構築されたソフトなものでした。ポールソン前財務長官はゴールドマン時代からの中国通でしたし、ガイトナー現財務長官は中国留学経験まである人です。
しかし、アメリカ国内の政局は、ここにきてオバマ政権に対中強硬姿勢を強要しているように見えます。
マサチューセッツ上院議員選挙で、共和党にまさかの敗戦の屈辱を受けたオバマ・ホワイトハウス/民主党。正念場の中間選挙は今年11月に迫っています。
上院で民主党がスーパー・マジョリティーを失った今となっては、内政問題、例えばヘルスケア改革や失業者対策などで、共和党に水をあけるような選挙民アピールができるような政局にはなり得ません。建前とは言え
「超党派でやりましょう」
「超党派の精神で臨みましょう」
と、Bi-partisanshipを強調しなければならない、アメリカ大統領の苦衷は、ほとんど悲喜劇ですね。
内政問題ではラチがあかないとなると、大統領が単独で選挙民にアピールできるのは、軍事と外交の舞台となります。(アメリカの場合、特に最近は「軍事」と「外交」はほとんど同義語の観がありますが、それはこれらがアメリカ憲法の下、大陸軍最高司令官ジョージ・ワシントンの後継者としての大統領の権限とニワトリと卵の関係にあるからです。)中東和平プロセスが暗礁に乗り上げ、アフガンは手詰まり状態。ヨーロッパはほっといてもPIIGで青息吐息となると、点数が稼げるのは対中外交となるのは消去法でなくても自明の理でしょう。
(日本に関しては、トヨタのリコール問題で強硬姿勢を見せて、UAW[全米自動車労働組合-有力な民主党支持基盤]あたりが満足してくれれば十分なのでしょう。なんだかんだ言っても大事な同盟国ですから。)
台湾への兵器輸出はすでに「お約束」でしたが、このタイミングでわざわざダライ・ラマと会見に臨むあたり、オバマさんもやることがエグイです。
中国は中国で、このアメリカの対中強硬シフトをある程度予想していたようです。中国の米国債保有残高は、ひっそりと減少傾向へ向かっているようです(コチラ)。おかげさまで、日本はこの面で再びトップに返り咲き(全然うれしくない)。
人事面でも、駐米大使に現国連大使の張業遂氏を当て、外交部も新人事で望んでいます。(外交部副部長(外務次官相当)何亜非氏が駐ジュネーブ国連大使に。現駐ジュネーブ国連大使李保東氏が駐ニューヨーク国連大使へ。外交部部長助理(外務次官補相当)の�媼?氏、駐日大使崔天凱氏、駐英大使傅瑩は、そろって副部長へ昇進。)印象としては、実務のプロ集団シフトといえるでしょうか。うがった見方をすれば、党内の政局にあまり左右されず、冷静に新展開に対処できる人々を配したと言えるかも知れません。
中間選挙を意識しているアメリカ・オバマ政権同様、中国政府も、外交における成功もしくは失敗が内政問題に直結しています。2005年4月の反日暴動を覚えておられるでしょうか。中国の庶民(老百姓?らおばいしん)たちは、自国のトップがアメリカに「なめられている」と思ったら、すぐにネットに「米国債を売れ!」と国益論を無視した感情論を書き込んで即炎上。これが今年初頭からのインフレ懸念と金融引き締め政策、都市部での失業問題と相まって(その他にも燃焼性の高い問題は山ほどありますが)、暴徒化する恐れがあります。フロントに立つ第一線の外交官には、クールな情勢判断と対応が、今まで以上に求められているのでしょう。
思いをめぐらせば、いくら党員/役人天国とはいえ、中国政府/共産党トップの方々というのも大変なんだろうなぁ、と同情を禁じ得ません。「トラスト・ミー」で、うやむやにして、あたかもそれで済んだような顔をしていることがまがりなりにも許されている、どこか国の総理のことを、さぞやうらやましいと思っていることでしょう。
オマケ
やはり米・中バイアスがかかっていないニュースは、アルジャジーラしかないのかしらん。
もう一つオマケ。
勝海舟語録から。
私が海舟を珍重する理由の一つは、「勤王か佐幕か」などという日本国内限定の明治維新ををやっていた志士たちや、「黒船、ワシもほしいのぉ」などという日本/西洋限定の日本近代化維新の志士とも違い、「アジアにおける日本」という視点を常に持っていたからです。
江戸幕府は政治組織としては、末期症状を呈していましたが、にわか仕込みながら(いや、それだからこそ)外交面では江川太郎左衛門を初め、川路聖謨や大久保一翁など、身分制度の枠外を駆け上がった俊英が多く、その視野は明治維新政府より広かったと言えるのです。
その代表格の勝が日清戦争後、その死の直前、中国について以下のとおり語っています。中国の脅威を今日昨日の出来事のように思っている方、日本は昔から同様の緊張を強いられていたのだということを知っていただき、気の安めにしてください。また勝の見通しがどこで間違ったか、当時の状況のどこが今のそれと共通しているのか、違うのか、考えてみるのも一興でしょう。(△は新聞記者)
明治30年11月10日
「△雑居後は(1899年-明治32年、条約改正により外国人の日本国内における内地雑居が認められた-矢澤注)、西洋人よりも、シナ人が多く来り、我国で商売をしましょうか。
とても来る訳がないよ。第一、ドンナ大きな商売がアルエ。何もありやしない。生糸とか茶とかいうのだが、それもアチラで、アアはじめられては、モウ仕方がないよ。昨日も、人が来て、ソンナ事をはなしたから、そういうたのサ。とても仕方はない。シナの辺境へでも行って、商売をするのだというと、ヒドイことをおっしゃると言うたが、それより仕方はあるまい。どうしてシナの大商が、コンナケチな所へ来るものかよ。奉天府あたりの大金持と言ったら、それはそれは大したものだよ。シナ人はよほど利巧だから、日本人のように、政府の事などをかれこれ言やあしないよ。日本人は馬鹿だから、政府の事ばかり八釜しく言っているのサ。
△石炭はいかがでしょう。
石炭だって、一たび機運が来たら、ドンナ所からでも掘り出すよ。
△張之洞の失敗はどうしたのでしょう。
あれは、まだ経験が足りないからだけの事サ。シナだもの。アチラから掘り出さねばならぬとなれば、ドンナ大仕掛けでもして、掘り出すサ。かねてから言わない事じゃあないが、もう鉄道を布くようになって来たら、仕方がないよ。」
明治31年6月30日
「三十年前、長崎で調べて置いたが、貿易は二つだ。日本はどうしても、フリーハンドルでは出来ぬよ。さきからさきから取り次いで売るのでなければならぬよ。先ず茶でも糸でも、御覧よ。まことに僅かなものだよ。シナでは、官から奨励したのでも何でもないが、あんなに出来る。シナの官吏はむしろ物産の邪魔をする位のものだよ。」