天皇の「生前退位」をめぐって、いろいろな議論があります。これは天皇が退位して別の人に地位をゆずるだけのことですが、「日本の伝統が崩壊する」と騒ぐ人がいます。それは本当でしょうか?
保守派のみなさんには万世一系の天皇というイメージがあるんでしょうが、「万世一系」というのは明治時代に岩倉具視のつくったことばで、古来の伝統ではありません。これは「神代の昔から続く(男系の)血筋」という意味ですが、天皇家はこの意味では万世一系ではありません。
女性の天皇もいたし、生前に退位した天皇も多く、子供がいなくて貴族から跡継ぎを取った天皇もいました。天皇は権力闘争で決まったのです。鎌倉時代には幕府が天皇を決めるようになり、南北朝が対立したこともありますが、北朝の天皇は足利尊氏が決めたので、その子孫である今の天皇は正統ではありません。
江戸時代には天皇には権力がなくなり、即位式どころか葬式も出せない貧乏なお公家さんになりました。「**天皇」という謚(おくりな)も生前にはないミカドが多く、仕事も暦を決めることぐらいでしたが、元号を決めたのは幕府でした。天皇の在位と元号が対応する「一世一元」は明治以後の習慣です。江戸時代までは天皇が死んでも元号が変わらないこともあり、将軍が死んだり天災が起こったりすると元号が変わることもありました。
「神代の昔から万世一系の天皇が日本を統治した」というのは、水戸黄門として知られる徳川光圀の誇大妄想で、それが水戸学から「尊王攘夷」というカルト(迷信)になりました。これを信じて革命を起こした長州藩が政権を取ったから、カルトが明治政府公認の歴史になったのです。
だから「生前退位」するかどうかは、日本古来の伝統とは何の関係もありません。しいていえば今の皇室典範にあわないという問題は起こるかもしれないが、それは改正すればいい。憲法を改正しろという人が、皇室典範を改正するなというのはなぜでしょうか。
要するに、安倍首相をはじめとする保守派のみなさんは、明治政府の創作した天皇カルトを日本の伝統と取り違えているのです。この機会に「日本人とは何か」というナショナル・アイデンティティ(国民意識)を考えるのはいいことですが、それは皇室典範で守れるような簡単なものではありません。