米国だけでなく、日本でも格差が大きな問題になっています。
ところが、ヨーロッパ諸国の中には、昔の「共産主義国家」と見間違うような格差の少ない国々があるのです。
デンマークでは、税負担が高い代わりにほとんどの国民が生活に不安のない生活を送ることができており、国民の幸福度も極めて高いそうです。
人生の早い段階で就きたい職業を決め、義務教育である国民学校を出ると職業専門教育を受ける者とその上の高等学校に行く者に別れます。
セーフティネットがしっかりしているので簡単に解雇されてしまうようですが、別の職業に就きたいと思ったら「学び直し」「やり直し」ができるシステムになっています。他の専門を学び直すにとどまらず、高等学校に入り直したり大学に進むこともできます。
このように、仕事の適していなければ簡単にクビになる代わり、別の職業を目指すことが当たり前に可能な社会システムが出来上がっているのです。
驚くべきことは、職業に対する「貴賎意識」が少なく、各人が自分の職業に誇りを持っているということです(書籍から得た知識なので、どこまで真実かは私にもわかりませんが…)。
このように、みんながそこそこの生活をし、職業に誇りを持ち、いつでもやり直しができる社会システムというのは、自由主義のアメリカとも異なるし、レールを外れると再チャレンジが難しい日本のシステムとも異なります。
セーフティネットがしっかりしているのでガツガツお金を貯める必要はなく、老後もしっかり消費するそうです。
こういうシステムだと「働かない者」が多発してモラル・ハザードが起きるのではないかと思うのですが、貧富に関わらず「社会参加」(仕事に限らずボランティアも含む)を厳しく強いられるので放蕩生活は難しいようです。誰もが一生懸命にならずに「そこそこ」やっていると新しい産業が生まれないのではないかと危惧されそうですが、決してそうではなく、しっかりと先端企業も生まれています。
こういう話を読んでいると、昔の北朝鮮の「地上の楽園」的なプロパガンダではないかと疑ってしまいますが、情報通信が飛躍的に発達した今日ではそのような虚構をつくることは不可能でしょう。
このような一種の理想社会が実現する一つの大きな前提条件は、公的機関が腐敗しないことだと私は考えています。
現に、デンマークの市議会議員は報酬がゼロだそうで、公的機関に参加しても「旨味」を享受できません。
かつての共産主義国家や社会主義国家の破綻は、腐敗した特権階級が私欲を貪ったことに大きな原因があったのではないでしょうか?かの毛沢東は、3000人以上の後宮を抱えた大邸宅のプールで他国の首脳と会談を交わしていたそうです。北朝鮮の金王朝も似たようなことをやっているのではないでしょうか?
公正な社会を築くためには、公正な社会システムと公正な公的機関が必須です。
特に、公的機関が清廉潔白であることが最低限の条件なのでしょう。共産主義思想を説いたマルクスやレーニンは、公的機関の腐敗を想定していなかったのかもしれません。
公的機関や上層部の腐敗が一切無ければ、共産主義や社会主義も案外成功したのではないかと、ふと考える今日このごろです。
編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年4月2日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は写真ACより)。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。