傍若無人でルール無視の危うさ
トランプ米大統領の振る舞いは乱暴、秩序無視です。どこかでつまずき、弾劾による失職さえ予感させます。世界で知性の声を野生の声が勝り、野生の声を代表するトランプ氏には多くの支持者もいるでしょう。その野生の声の唯我独尊ぶりが一段とひどくなり、訴追につながるルール違反の証拠を握られ、不測の展開となることもありえます。
米大統領の政治権限は別格に強く、われわれの常識が通用しない行動をかなりとりうるようですね。そのわれわれの常識からみても、これは危ういことになりかねないと思わせるのが、連邦捜査局(FBI)のコミー長官の解任です。ロシアによる大統領選介入の疑惑を巡り、トランプ氏はコミー氏に、「自分は捜査対象ではないかどうか」と、3回もただし、「捜査対象ではない」との回答を得たといいます。
通常は、そう聞いたほうも問題だし、答えるほうも問題です。かりに日本の首相に疑惑が生じ、首相が検事総長か地検特捜部長に「自分は捜査対象か」と聞き、それが明るみになったとすると、重大な政治責任を問われる事件となります。トランプ氏の場合は、テレビのインタビューでそのことを明らかにしています。自分がシロなら、そんなことを尋ねたりはしないはずでしょうから、どこか不自然な聞き方です。
不可解な大統領の発言
さらに、コミー氏との会話を「録音したテープがある」と、ほのめかしています。FBI長官なるものが、不用意に不利になる会話を録音テープにとられるものでしょうか。録音テープが存在し、議会に提出させたとなると、捜査妨害の嫌疑をかけられかねない事件に発展し、トランプ氏にとって不利な証拠となるテープです。不可解なトランプ氏の発言です。
ニクソン大統領のウォーターゲート事件(民主党選挙組織に盗聴器設置)では、当初、小さな扱いしかされず、大統領選でニクソン氏が圧勝しました。その後、ワシントンポスト紙の調査報道で波紋が急拡大し、司法妨害、権力乱用、議会侮辱を理由に下院が訴追決議することになりました。決議直前に同氏は辞任して、弾劾は逃れる道を選択しました。
盗聴器を仕掛けるという一見、小さな行為でも、司法妨害、権力乱用などが立証されていくと、こちらのほうが政治的に重大な意味を帯び、弾劾事件に発展する。米国ではこういうことがよく起きます。FBI長官の解任がウォーターゲート事件の再現になりかねないという指摘が聞かれるようになりました。
忖度主義の日本と大違い
トランプ氏がツイッターを駆使して、政治情報、人事情報、外交情報をまき散らしています。それが魅力であるとともに、どこでつまずくか、わからない危うさがつきまといます。政権内で意思決定を周到に錬りあげるのではなく、短絡的、感情的に大統領が選択するので、どこに落とし穴があるか分かりません。忖度で指示や情報を伝達し、いつだれがどのように処置したか分からないことが多い安倍政権とは、まったく違います。
議会の構成は、共和党が上院(定数100人)で52人、下院(同435人)で240人で、ともに過半数を占めています。弾劾裁判は下院の過半数の賛成で訴追を決め、上院の裁判で3分の2の賛成で、判決を決定します。そう簡単に、弾劾による失職となることはなくても、特別検察官が設置されるなどして、窮地に追い込まれていくことはあり得ます。
経済問題でも、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)離脱、保護貿易主義への傾斜、米国の貿易赤字の削減圧力など、これまでのルール、秩序をあっさり白紙にする。敵を増やす一方、政権高官の人事の決定、議会証人も停滞しており、大統領が自分の地位を危うくする不用意な行動に走る可能性が懸念されます。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年5月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。