安倍首相の靖国参拝は本人、その側近及び信者には驚くべき、世界の人間からは当たり前の反応をもたらした。その中でも、米国からの一撃はかなり衝撃的だった。この「disappoint」という米政府の言葉、実は外交用語としてはかなり重いのだ。この言葉は、最近ではオバマ大統領がスノ―デンを匿うことを決断したロシアに、ネタニヤフ首相がテロ攻撃を放置するアッバス議長に使っている言葉であり、外交儀礼上はかなり上位の警告とされている。少なくとも、上記でみたように仮想敵国一歩手前の国家に使う言葉であって、同盟国に対して使う言葉ではない。
なぜ、日米同盟という世界でも類を見ない同盟関係でこんな言葉が使われてしまったのだろうか。それは、米国から見れば安倍首相が鳩山氏と同じだからである。ありていに申せば、安倍首相は、左翼ではなく、右翼のルーピーなのである。
なぜ、親米派のはずの安倍首相は、鳩山氏と同列なのか。
それは、今年の6月、日本の米国専門家に衝撃を与えた、知日派の研究者、ウィリアム・グライムスが執筆した「安倍首相は米国に出入り禁止となる」というWEB論考にヒントがある。(天木直人が東洋経済に転載された抄訳を紹介しているが、ここでは彼が見落としている部分も含めて紹介する)
このグライムス、リベラルな研究者が多いボストン大学の国際関係部長であり、しかも大蔵省財政金融研究所、日本銀行金融研究所にも所属したことがある。つまり、オバマ政権の見解に近く、それもかなり日本の事情に通じている生粋の知日派なのである。彼の主張をまとめて補足すると以下のようになる。
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安倍首相がワルトハイムになる日(2013年6月)
自分は安倍首相の初の訪米は成功だったと思う。TPP参加はオバマ政権にとって魅力的だったし、ワシントンで同盟の団結を示すことによる日本の対中抑止力の強化は意味があったからだ。
しかし、安倍首相は幾つかの欠陥を抱えている。
第一に、中国に対する過度の敵意はいただけない。
第二に、安倍首相の無神経な言動である。
この点において、朴大統領が議会演説の機会をもらい、安倍首相はもらえなかったことは重要だ。要するに、オバマ政権は、安倍首相に議会演説の機会を与えた場合、彼がそれを歴史問題の為に利用するのではないかと思ったのだ。実際、安倍首相は、朴大統領に彼女の父親と自分の祖父が親友同士だったとワシントンで発言し、韓国人を侮辱してしまった。これは安倍首相が歴史問題について驚くべき発言をするという疑いを増幅させた。だいたい、731の戦闘機にのった問題もそうだ。米国人にとっての911、日本人にとっての311と同じように、ある種の歴史を思い出させる数字だ。しかし、安倍首相とその側近たちは、何故かそれに気が付かなかった。日本でだって、731の意味するところはよく知られているのに。(注:これはそうだ。確かに、朴大統領が311と書いた戦闘機に乗ってサムズアップしたら私も含めて日本人は激怒するだろう。まったくもって、安倍の外交アドバイザーは客観性が無い)
こうしてみると、安倍首相は、オバマ政権のアジア重視政策の少なくとも部分的な障害である。しかし皮肉な話だが、一方で、安倍首相は、米国が望む政策を多数進めている。アベノミクスは、米財務省が長年勧めてきた路線と一致しているし、構造改革やTPPも推進している。安全保障政策では、日本の軍事力を強化し、米国との一体性を高めてくれている。これらの安倍政権の政策のすべては米国政府にとって非常に魅力的だ。
しかし、問題は「安倍晋三」という 個人 なのだ。彼は非常に問題だ。安倍首相は、日本を政治的安定させたようにもみえる。他方で、安倍首相の言動は日本の隣国ともめ事を起こすだけなく、それ自体が米国の立場として弁護できない行為なのである。何故ならば、米国は、日本が過去に侵略を行い、戦争犯罪を犯したというのが公式見解であり、「慰安婦問題」も本当の問題だからだ。この点は、安倍首相や彼以外の歴史修正主義者の為に変えられる話ではない。
要するに、オバマ政権は、政策問題では安倍首相と一致する、他方で、安倍首相が米国のアジアにおける道徳的なソフトパワーを蝕んでいる、という苦境にいるのだ。
思うに、安倍首相は日米同盟を様々な意味で変えた。かつての日本は、米国に見捨てられる恐怖、米国の戦争に巻き込まれる恐怖におびえていた。しかし、今やこの恐怖におびえるのは米国なのだ。例えば尖閣問題がそうだ。
今後、安倍首相が、1.村山談話の廃止、2.第二次大戦の日本の侵略と人権侵害の否定、3.それらに類する行為を継続した場合、安倍首相は、米国政府高官と会えなくなるだろう。要するに鳩山由紀夫と同じ扱いを受けるのだ。安倍首相は、大統領や国務長官クラスとは会えなくなり、重要な問題は事務レベルでしか話せなくなる。
これは、米国と政策調整ができなくなり、同盟にとってはキツイ展開となる。実際、鳩山由紀夫はオバマと会えなくなったことで、政治的なダメージを受け、彼の政権の終わりを速めた。
自分の望みは、こうした措置を受けることへの懸念により、安倍首相が自重してくれることだ。
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適当な訳で申し訳ないが、グライムスの大体の趣旨は以上のようなものである。
要するにグライムスは、
1.安倍政権の政策は米国にとって素晴らしい
2.しかし、安倍首相個人は問題だ
3.安倍首相の無神経な言動は米国の公式的見解からして弁護不能
4.その為、安倍首相の行動は周辺諸国との衝突と相まって、米国のアジア政策における影響力を低下させる障害でしかない
5.このままいくと米国は鳩山由紀夫と同じような処分を下すことになる
と言っているのだ。
では、現実の安倍首相の行動はどうか。これまで、国務省と国防総省が珍しく一体となって警告(注1)する等、度々注意してきたにもかかわらず、米中韓に当てつけるかのように靖国神社を参拝し、当人は「不戦の誓い」等とまったく悪びていない。
まさしく、グライムスが指摘するように、米国にとって無神経極まりなく、アジア政策の障害である。しかも、安倍首相一派は気付いていないが、この英語で「靖国行ったけど喧嘩売ってないよ」と声明文を出す「無神経際さ」がオバマを苛立たせるのである。加えて、安倍首相周辺が常々語る、「オバマ政権はレイムダックだから何もできない(だから今参拝するべき)」という見解はより怒りを倍加させる。
私は皆さんに聞きたい。この独善性、米国から見れば鳩山由紀夫とどこが違うのか。
右翼か左翼かだけで同じではないか。
しかも、安倍首相の側近たちは、各種新聞の報道等によれば、最初は「所詮は、大使館声明に過ぎない」といい(普段、大使館のパーティーに嬉々として参加し、大使との関係を自慢するのに)、国務省が声明を出せば、国防総省は違うといい(国防総省は靖国やADIZで日本を見捨てている)、国防総省が防衛大臣会談を断れば、ヘーゲルが忙しいだけという(彼らは女性に「忙しいから」と振られたら、それを真に受ける純朴なタイプなんだと思う。)。
まさに彼らも安倍首相と同じ独善性を抱えている。
では、このまま安倍首相が妥協しない場合、どうなるのか。
グライムスが言うように、安倍首相は、オバマ大統領、バイデン副大統領、ケリー国務長官、ヘーゲル国防長官には「時間が無い」、「国内的に忙しい」、「また来月」、「電話なら考えてやらなくもない」との理由で延々とあしらわれてしまい、会えないだろう(注2)。当然、日米ガイドライン策定や共同作戦計画等は出来ない。なんせ政治的合意が必要なのに、事務レベルでしか話せないのだ。こうした状況は、軍事的な問題は言うまでもないが、なによりの問題は、米国は日本を助けないという印象が広がることだ。
これはまさに中国と韓国の思うつぼである。特に韓国がそうだが、国内の対日穏健派は政治的に死滅し、強硬派がより力を強めるだろう。また、日米離間を嗅ぎ取った中国は尖閣諸島問題で一層の圧力を強めるだろう。
なにせ、対日挑発しても、米国が介入する可能性を安倍首相が低下させてくれたのだ
最悪の場合、中国が尖閣諸島を奪うが、米国は議会承認を巡って紛糾し、日本が持久戦で敗北する、というより米国に圧力を受けて妥協させられる場合もかなりの可能性であるだろう。なにせ、オバマ政権は、発足時にG2論を唱え、尖閣諸島問題で妥協(注3)しようとした前科者である。
ここに至って言えるのは、安倍首相は、日本の対中抑止力強化と日本の国際イメージ改善のために即刻辞職し、小野寺でも林芳正でも何でもいいので、米国からリベラルと評価されている自民党議員に禅譲することだ。
これは安倍首相の為でもある。一説によれば、第一次安倍政権は、小沢に会えなくなったというよりも、その結果で給油支援ができなくなったことで、ブッシュ政権から否定的な反応を受けたことでどうしようもなくなり精神的に持たなくなり崩壊したという。そういった精神力しかない人間に一国の首相という重責を担わせるのは、非人道的というべきものである。
今の我が国を取り巻く戦略環境において、日米関係を悪化させ、日本の品位を低下させる、第二の鳩山由紀夫を存在させる余裕はどこにもない。亡くなった英霊も靖国の為に日本が焦土になることを望んでいないだろう。(正確には、安倍首相は、対中挑発を繰り返し、ブッシュ政権に見捨てられた陳水ヘン総統に近いと思うが)
注1:過日、訪日したヘーゲル国防長官とケリー国務長官は、40年振りの高官として、千鳥ヶ渕戦没者公園を訪問し、「ここが日本版アーリントンだ」とした。なお、安倍首相は、その前に共和党の中でもかなり変な学者の意見を採用して、「靖国はアーリントンです」と答えていることから、米国の明確な警告と言えよう。また、ジョセフナイ氏も靖国訪問は日本にとって大変なことになると、彼のtwitterで先日呟いている。
注2:事実、安倍首相は衆院選勝利の直後に会おうとしたが断られ、就任後に会おうとしたがまた断られ、2月までオバマに会えなかったり、その後もシリア問題でオバマがピンチになるまで会えなかったりをしている。
注3:オバマ政権は、発足当初に微妙なニュアンスを変えることで、尖閣諸島防衛を放棄するような発言の示唆したことがある。その後の中国の問題行動によって、路線変更は放棄されたが、これは警戒すべき事象である。