実業の世界では、保険とは、本業に付随する本業外のリスクのヘッジのことである。本業そのものにも固有のリスクがあるのは当然であるが、本業のリスクには、保険は掛けられない。例えば、受験生にとって受験が本業だから、落第リスクには保険が掛けられないのである。本業のリスクをヘッジすることは、典型的にモラルハザードを引き起こすと考えられるわけである。
ところが、本業のリスクと本業に付随するリスクとの境目は、必ずしも明確ではなく、付随リスクとみなされて保険を掛けていたものが、実は、本業にかかわる本質的なリスクである場合には、知らぬ間にモラルハザードを引き起こす原因を作ることになる。
さて、銀行の本業とは何か。自明のようであり、今日の複雑な金融市場の仕組みのもとでは、銀行等の金融機関の本業の定義は困難である。そこに、金融のモラルハザードの可能性が潜む。
少なくとも、普通の人の常識からすれば、銀行の重要な機能の一つが与信であることは、明らかであろう。ならば、この本業のリスクである与信リスクをヘッジすることには、実は、モラルハザードを誘発する恐れがあるはずです。もしも、債務者破綻によってこうむる損失がヘッジ出来るとするならば、審査や債権管理が杜撰になる可能性は否定できないであろう。
リーマンブラザーズの破綻は、世界に衝撃を与えた。しかし、リーマンに対する債権者として表面的に表れた銀行も、その実質的な与信リスクを相当程度ヘッジしていたのである。債務者に近い表面的債権者は、リーマンの実情を知る位置にいるが、その債権者は単に資金を仲介しただけで実質的与信をしておらず、実質的にリーマンに与信しているものは、リーマンに遠くて日常的債務者管理ができない立場にある。そのような情報の非対称性が、実はモラルハザードの重要な要素なのだ。
問題なのは、高度に発達した金融システムは、様々なリスクヘッジの手法を提供していて、そのリスクヘッジの機能を提供しているのもまた、金融機関であることだ。意図的に、あるいは意図せずして、ヘッジしてはならない本業固有のリスクまでもヘッジすることで、極めて危険なモラルハザードを作り出す可能性を現在の金融システムは内包している。
現在の金融市場が作り出す様々な金融商品に、我々は、投資していかなければならない。金融商品の評価に際しては、基本的要件の確認が必要だ。そのような要件の一つが、仕組み上、モラルハザードを内包していないか、ということなのである。
今となっては明らかであるが、サブプライム問題の本質は、モラルハザードである。転売目的の住宅ローン債権は、融資実行者において、最初から与信リスクを負担する気がないのだから、審査が杜撰になるのは当然である。そのような債権を原資産にして、いかに高度な金融工学を凝らそうとも、まともな金融商品は生まれ得ない。住宅ローン債権の証券化自体に問題があるわけではない。モラルハザードの起き得ない仕組みがあればよいのだ。サブプライム問題は確かに業者側の問題ではあるのだが、投資家側でも、証券化商品の選択において、重要にして基本的なチェックポイントが欠落していたと思える。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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