トランプ大統領の就任祝賀パーティーにベネズエラのマドゥロ大統領が50万ドル(5500万円)を提供したという出来事があった。(bbc.com)
国は危機的状態にあり、ハイパーインフレに加え、食料品、医薬品など枯渇しているベネズエラ。そのような中で、マドゥロ大統領は米国にあるベネズエラ石油公社(PDVSA)の子会社CITGOを介してこの祝賀金を提供したのである。しかし、このCITGOがロシア企業に経営権が譲渡される可能性が生まれているのである。
米国内にロシア企業の誕生なるか。それは米国にとって一大事である。その経緯には次のような背景がある。
「アラブの春」とは2010年頃からアラブ諸国で起きた大規模な反政府デモが発端で、政府の瓦解へと繋がった動きである。この動きを米国がベネズエラに仕掛けていると指摘しているのは政治アナリストのティアリー・メイサンである。彼はそれを「ラテンの春」と呼んでいる。(voltairenet.org)
ベネズエラのチャベス前大統領が策定した憲法をマドゥロ大統領は改憲したいとして、5月初めに大統領令に署名して憲法制定議会を設けることを決めた。それは軍事色が強いものになると言われている。現在の国民議会は野党が過半数を占めており、それを覆す狙いもある。
チャベス政権時からそうであるが、多くの閣僚そして国家の主要機関のトップに軍人を就かせて軍部を政府の味方につけていることから、これまで軍人による蜂起が難しくなっていた。現在のマドゥロ政権でも29人の閣僚の中で10人は軍人か元軍人で占めている。(bbc.com)
4月から市民による政府への抗議活動が今も続いている。マドゥロ大統領による改憲の為の大統領令が出された以後、市民の抗議は過激化して既に60人以上が犠牲者となっている。抗議デモで逮捕された者は市民であれ、軍人であれ、軍事法廷で裁かれるという事態にまでなっている。
そのような事情の中で、ベネズエラのジャーナリストディアス・ランヘルがフロリダ州に本部を置く米軍の「コマンド・スル」のカート・ティッド提督が米国上院の軍事委員会に送った報告書の内容を公にした。それによると、米国はマドゥロ政権を打倒する為に、ベネズエラの反政府派と緊密に協力して、彼らによる抗議活動を続けさせることだとしているという。(elrobotpescador.com)
ニューヨークに在住する著名社会学者ジェームズ・ペトゥラスはベネズエラの警察と軍隊の統率力が尽きるまで反対派による抗議活動をコマンド・スルは続行させ、その間にベネズエラ国内で軍部が立ち上がるのを待っているのだと指摘している。更に、同氏は、クーデターを起こさせる為に米国はこれまで以上に全力を挙げている事にも触れ、最終的に米国が介入するというのがプランだと言及している。(elrobotpescador.com)
マドゥロ大統領はそれを察知しているのか、コロンビアとの国境を分かつ地方の一つタチラ州に国家警備隊2000人と軍隊600人を派遣した。派遣の理由は、この地方で発生している暴動や略奪などの鎮静化が目的だとしている。しかも、そこではコロンビアの傭兵も一緒になって暴動に加わっていたという報告をベネズエラ国防省が発表した。この派遣によって、コロンビアを牽制する役目も果たしていると見られている。
特に、ベネズエラがコロンビアとの国境に神経をとがらしている理由は、コロンビアは米国の航空母艦と呼ばれており、国内7か所に米軍基地が存在しているからである。ベネズエラでクーデターが発生して、米軍が介入するとなると、コロンビアの米軍基地からの派遣になる可能性が非常に高いということなのである。
また、トランプ大統領はアルゼンチンのマクリ大統領とは4月にワシントンで会談している。コロンビアのサントス大統領とは5月17日に会談をもった。パラグアイのカルテル大統領とも電話会談を行ったとしている。そして、ブラジルのテメル大統領とは3月に電話会談を行い、テメル大統領の米国訪問の調整中であるという。ベネズエラへの介入の為の模索を彼らと行うのも会談の目的の一つであると思われている。
現在、米国は今まで以上にベネズエラの行方を懸念している。その理由は、ベネズエラが破綻すれば、同国の石油公社PDVSAの子会社でテキサス州にある米国で6番目の石油会社CITGOがロシアの手に渡る可能性が生まれているからである。CITGOは米国内に6000のガソリンスタンドをもっている。
昨年12月に、ロシアの石油会社ROSNEFTがベネズエラに15億ドル(1660億円)を融資した。その為の条件として、CITGOの49.9%の株をROSNEFTが取得するということになっていた。(larazon.es)
また、米国は原油で世界一の埋蔵量をもつベネズエラがロシアや中国の完全な支配下になることは絶対に避けたいという考えを依然もっている。その意味でも、米国はベネズエラの政情不安をこれ以上放置できない状況にあると判断しているようである。
現在、ベネズエラのインフレ上昇や財政危機で、デフォルトに陥る可能性が十分にある。となると、ROSNEFTはCITGOの株をさらに買収してROSNEFTの完全なコントロール下に置く可能性が十分にある。即ち、ロシアの石油企業がCITGOの最大株主として米国に突如出現する可能性があるのである。
しかも、ROSNEFTは米国の制裁リストに入っている企業でもある。そのような企業が米国内に存在する可能性があるということに米国議員の間では警告を発信しているそうだ。(larazon.es)
オバマ前大統領の政権時にもベネズエラへのクーデターの企みは2回存在していたという。いずれも失敗している。今度が三度目の正直となるかもしれない。
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白石 和幸(しらいし かずゆき)
貿易コンサルタント
1951年生まれ、広島市出身。スペイン・バレンシア在住40年。商社設立を経て貿易コンサルタントに転身。国際政治外交研究や在バルセロナ日本国総領事館のバレンシアでの業務サポートも手掛ける。著書に『1万キロ離れて観た日本』(文芸社)